[Iの告白]
就活をモチーフにした作品を上梓した関係で、ご自身の就活はどんな具合だったのですかと尋ねられることが増えた。
結論から言うと、したにはしたが誰かに聞かせたくなるほど印象深い思い出はまるでない。どちらかといえば不真面目な就活生であったのだが、かといってありとあらゆる就活イベントに完璧な無視を決め込めるアナーキストでもなかった。
合同企業説明会というのがあるらしいけど、行ってみたほうがいいんじゃないだろうか。友人に誘われ顔を出してみたが、人混みの凄まじさに一時間も待たずに音を上げた。大学のキャリアセンターに相談したほうがいいらしいぞ。アドバイスはされたが利用の仕方がわからなかったので一度も顔は出さなかった。OB訪問はやっぱりしておいたほうが有利らしい。そうなのかもしれないなと思いながら、生来の人見知りが祟りついに誰にも連絡できなかった。
就職活動にさほど前のめりになれなかったのは、どうせ小説家になれるはずだから――という今考えてみても冷や汗の出る強烈な自惚れがあったからというのも否定できないのだが、それよりも「何をどう頑張ればいいのかよくわからない」と「一にも二にも死ぬほど面倒くさい」の二枚看板がでんと横たわっていたからという理由のほうが遥かに大きい。
いい会社を探せと言うが、いい会社とはなんぞや。仮に概念がわかったところで、どう探せと仰るのですか。
尋ねる相手もいなかったので適当に興味の持てそうな企業を中心に数件エントリーし、川の流れに身を任せるようにして選考のステップを進んでいく。気づいたときには内定。手前味噌な話になるが、人見知りの割に弁の立つ私は致命的な苦戦は強いられなかった。企業研究はだいぶ疎かにしていたが、内定をもらった先が東証一部上場企業であり、平均年収も水準以上、業界でのシェアは日本第三位という情報は把握していた。テキトーに取り組んでいた割に、存外いい就活ができてしまったではないか。世の中ちょろいものだ。
得意になっていた私が、入社早々に九泊十日の軍隊式合宿研修が待ち受けていること、基本的に何事も気合いと根性で乗り越えていくのが社風の体育会系企業であること、ブラックとは言えないものの間違ってもホワイトとは呼べないグレー企業であること等を知り、心身ともに限界近いところまで疲弊してしまうのはもう少し先の話である。
就活は言わずもがな人生の一大イベントであり、疎かにしていい行事ではない。幸運にも私は小説家になることができたわけだが、当時のぐうたらぶりには今でも戦慄が走る。
常々、人生を損なう最大の敵はこの「よくわからない」と「面倒くさい」の二つであるなと痛感する。申請すれば助成金が出るらしいがやり方がわからない。フリマアプリがお得らしいとは知っているが設定が面倒くさい。数年来の野望があるが誰にノウハウを尋ねたらいいのかがわからない。
たった数日、数時間、数分の行動が向こう数十年を豊かにしてくれる可能性を知りながら、我々は言い訳を捏ねて目先の些事を優先する。努力というのは畢竟この壁を打ち壊す作業なのだ。
二度と同じ轍は踏むまい。決意した私はしかし、本棚で青色申告の手引き書がかれこれ三年は埃を被っていることを知りながら、今日も今日とてソファに寝そべり野球中継を眺める。
なかなかどうして人は失敗から学べない。
あさくら・あきなり 一九八九年生まれ。二〇一二年に第一三回講談社BOX新人賞Powersを『ノワール・レヴナント』で受賞しデビュー。一九年刊行の『教室が、ひとりになるまで』が第二〇回本格ミステリ大賞小説部門、第七三回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門にWノミネート。二一年刊行の『六人の噓つきな大学生』が大きな話題に。その他の著書に『フラッガーの方程式』『失恋の準備をお願いします』『九度目の十八歳を迎えた君と』など。
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