いや~、畏れ多すぎます中野さん、私なんかが書いては。
だってですよ、中野さんと私のご縁といったら、以前働いていた筑摩書房でたった一冊、著書を担当させてもらった元担当編集者だってことと、私が出版社を辞めて浪曲一本になったときに、歌舞伎や落語など古典芸能にとてもお詳しい中野さんが興味を持ってくださって、何度か舞台を見に来てくださったってことと、中野さんのお宅に出入りの電気屋の主人が、奈々福のファンだっていう、それだけですよ。電気屋のオヤジったら、中野さんのことを主婦だと思っていて、「ええっ、奥さん、浪曲に興味あるんですか、オレ、浪曲の玉川奈々福ちゃんのファンなんですよ~」と、エアコン直しながら言って、中野さんを仰天させたという。
いかに憧れている著者でも、社内に他に担当者がいるときには、勝手に手を出さないのは編集者の仁義であります。雑誌の担当者、単行本の担当者、文庫の担当者と……編集部がいくつもいくつもあって、各担当が雁首揃えられるような、そんな大手出版社じゃなかったし。だから、定年退職する前任者に「ねえ、中野さんの本、担当してくれる?」と言われたときに、えっ中野さんを担当させてもらえるの? と、私は飛び上がって喜んで、長年憧れの中野さんにお会いして、担当させてもらったのが『歌舞伎のぐるりノート』という、ちくま新書の一冊です。
これは、大変面白い本です!
私も歌舞伎が好きなので、中野さんと歌舞伎や、演芸のお話ができるだけでも楽しかったし、中野さんの歌舞伎の見方が、役者さんの好みのみならず、衣装や、台詞、物語の世界観や、映画とのイメージの重なりなど、ものすごく多角的に見ておられることに刺激を受けました。そして、文章に添えられた中野さんのイラストが、シンプルで可愛くて素敵なのです。
中野さんのお好みは、はっきりしておられます。
歌舞伎は、大成駒屋(六代目中村歌右衛門)を軸に、長年見てこられた。
そして、落語で一番のご贔屓は故・古今亭志ん朝師匠。
その世界の中でも、随一の、芸の精のような、ゆるぎない天才がお好きなのです。そういう審美眼を持った方が、ついこの間まで二足の草鞋(わらじ)を履いていた半端浪曲師の舞台を見に来てくださって、「おもしろーいっ!」と言ってくださったときには、もう……冷や汗たら~り。
でも、いまこの解説を書くために、一緒に作らせてもらった『歌舞伎のぐるりノート』を読み直して、私がいまさらながら感動したことは、中野さんが、「好き!」という言葉をものすごく純粋に、衒(てら)いなく使っておられることでした。
実は「好き!」って言うのって、勇気が要ることだと、思うのです。中野さんの「好き!」は、とても強い。
さて、『ほいきた、トシヨリ生活』ですが、まずプロローグ。
一大課題が提示されます。
目指すべきは「森茉莉」か「沢村貞子」か。
あまりに違いすぎる二人!
「ぐうたら素っ頓狂」な人と「キチンと暮らす」人。
どうするのだ、いきなり冒頭で、こんなに違う二人に同時に憧れ、迷うご自身の思いを書いて、こんな振り幅MAXの間で迷うのか、その後の展開を危ぶみます。
というか、中野さんは、とっくに方向性を定めているように勝手に私は思っていました。映画にしても、落語にしても歌舞伎にしても、ファッションにしても、「好き!」と「嫌い」をすぱっと鮮やかにさばいてこられた中野さんです。その潔さ見事さ。
私にとって尊敬する先達のお一人である中野さんが……そうか、中野さんでも迷うのか。
いや、やはり迷いますよね。右肩上がりでなくなった人生、そしてどこにゴールがあるのかわからない人生を、どうコントロールしていったらいいのか。ゆっくり暮れ行く未知の道を行くのに迷わぬ人はいないですよね。
私も、まさに迷っている。だから、中野さんがどう向き合うか、興味津々。