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91歳の同級生が綴る22篇の人生。「男おひとり様」の友情と心情がここにある

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

百歳以前

徳岡孝夫 土井荘平

百歳以前

徳岡孝夫 土井荘平

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『百歳以前』(徳岡 孝夫,土井 荘平)

執筆のプロセス

 徳岡孝夫君と私は、大阪の旧制中学の同級生である。旧制中学といってもご存知ない方が大半になった今、簡単に説明しておくと、今の中学と高校を一緒にしたような五年制で男子ばかりの学校であった(私たちの学年は、男女共学を知らない最後の学年だった)。

 一学年三百人以上いたといっても、五年も同じ学校の同学年でいれば、互いに顔も知らない者はいなくなる。中学時代の徳岡君と私は、その程度の知り合いだったに過ぎない。同じクラスになったこともなく、部活動も違った。戦争中徳岡君は兵器委員をしていて当時中学にもあった兵器庫の三八式歩兵銃の手入れをしていたころ、私は柔道部にいて、何の接点もなかった。

 戦後私が野球部へ入って校庭で他校との対抗戦をしていたとき、彼は旧兵器庫の屋根の上で応援してくれていたようだが、応援していたといっても、野球部の花形選手ではない、八番ライトの私など見てはいなかっただろう。

 連絡を取るようになったのは、仕事を離れて年金生活に入った私が大阪から関東へ移住して、エッセイや小説を書くようになり、はじめて出してもらった単行本を送ったら、彼が電話をくれた、その時からだった。その拙著には彼にとって思い出深い大阪のある場所を舞台にした一章があったのだった。

 それ以後、活字になったものはすべて彼に送ってきたが、忙しい締めきりに追われる執筆生活のなか、彼は文書で感想を送ってきてくれた。活字になったものといっても、同人誌掲載のもので、野球でいえば、ライトで八番ですらなく、ベンチにも入っていない補欠選手のような私の小説らしきものに対して、彼は必ず一筆書いてきてくれた。と同時に電話での交友も深まった。

 同級生のよしみ、といっても、なかなか出来ないことで感謝のほかないのだが、作品の出来不出来とは別の、私の書いているものの内容が、彼の郷愁を誘う時代であり、また故郷大阪の風景が背景であることも、私たちの「老いての交友」に繋がったのではないかと思っている。私の書いてきたものは、ほとんど大阪を舞台にした大阪弁をしゃべる同世代人を主人公にしたものである。

 誰しも同級生の絆というものは他の関係にも増して深いものだが、それに加えて私たち世代の同級生には、中学時代が戦争のさ中で、三年生から四年生にかけての戦争末期の特殊な体験を共有しているという絆があった。学業はなく勤労動員ばかりのなか、空襲に逃げまどう毎日を過ごす極限下の十五歳だったという体験を共有する。まだ戦っていた訳ではなかったが、戦友と呼べるに近い感情を共有している同級生だった。

 昭和二十年(八月には終戦となる年)、三月からの度重なる空襲で大阪の街の大半は焼き払われ、戦局はすでに沖縄も陥落し、「本土決戦」が叫ばれるようになった五月、六月、私たち四年生は和歌山へ連れて行かれた。農家や寺に分宿しての、敵の上陸に備える沿岸陣地の構築作業だった。

 敵機が大編隊で悠々と北へ、大阪の方へと飛んでいく下で、「早く作らないと、敵が上陸してきたとき隠れるところもないぞ」と監督の兵隊に尻を叩かれての、海が見える山腹での穴掘りだった。

 敵の空母から飛んできた小型機が飛び回って機銃掃射を仕掛けてきて、隠れるよりほかなかった日もあった。その日は夜になってからの作業になったりして、「ここで死ぬことになるかもしれん」などと、ふと思ったりした毎日は、いくらしゃべってもしゃべり切れない思い出だった。私の中学では私たち四年生だけの体験だった。

 中学時代に深いツキアイがなかった間柄が、こんな共通体験を話し合ううちに、その距離がアッという間になくなって以来二十数年、ここ数年は二人とも妻を喪い、独り身になったせいもあって、ほとんど毎日のように、電話でいろんなこと、その日の阪神タイガースのことや、弟妹や子供たちと話すのとは違う話、弟妹や子らが聞いてくれない話をも含んで、故郷大阪の言葉でしゃべり合っている徳岡君と私だが、今でも時々和歌山の話をすることがある。

 このような関係の友を持てているのは、幸せなことではないかと思う「百歳以前」である。

文春新書
百歳以前
徳岡孝夫 土井荘平

定価:902円(税込)発売日:2021年09月17日

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