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黄色いか黄色くないか

黄色いか黄色くないか

加納 愛子

文學界3月号

出典 : #文學界
ジャンル : #小説

「文學界 3月号」(文藝春秋 編)

 リビングにある引き出しを片っ端から開けても、一向に布ガムテープは見当たらなかった。

 なんでよ。なんで布ガムテープはないのに大きい絆創膏はあるのよ。

 使い勝手の悪そうな銀行ロゴの爪切りも。いやいや、なんでよ。不味そうなのど飴も。いやいやいや、なんでなんですかって。おかしいでしょって。

 呑気に荷造りをしていた土曜18時15分の私は、突然ダムが決壊したように実家批判が止まらなくなった。

 日々を重ねていって、進んでいって、より効率的にならないなんてことありますか? え、暮らすってそんなに間抜けな行為なんですか? あと前からずっと思ってたんですけど、掛け時計のすぐ下にある置き時計、これ誰が見るんですか? もっと置くべきところあるんじゃないですか? で、で、布ガムテープは? うわ、はいまた波がきましたー。布ガムテープどこですか布ガムテープ。布ガムテープがない家なんて、もう家じゃなくないですか?

 だから実家はいやなんだよ。あらゆるモノの勘が鈍いから。

 かつて山口百恵が「秋桜」で歌っていたのは嘘だったんだなと思う。明日家を出ることになっている娘が、小春日和の中、穏やかな気持ちで母に感謝をする。

「ありがとうの言葉をかみしめながら 生きてみます私なりに」

 ありがとうの言葉を? 嘘でしょ?

 引っ越し前日にそんな気分になれるわけがない。布ガムテープもないのに。

 肘を伸ばして、ブレスレットみたいに手首に通した紙ガムテープをくるくると回す。さてどうしたものか。休憩ついでに今からコンビニに買いに行くか、それともこれで我慢するか。

 二階の自室の隅に積んである、二つの紙の山が頭に浮かんだ。荷造りの最後に梱包しようと思ってまだ手をつけずにいる。

 私の宝物であり、青春の全てだ。

 一つは、高校時代に奈美と通いつめたお笑いライブのフライヤー。

 当時はもらうたびに嬉しくて部屋の壁に飾っていたから、ほとんどのフライヤーの角っこには穴が空いている。ライブを見に行った帰りの電車で、ゾンビみたいな顔でつり革にぶら下がってる水分のないサラリーマンに睨まれながら、透明のクリアファイルに入れたフライヤーに載っている出演者の写真を二人で眺めた。そして数分前まで浴びていたキラキラした姿や言葉を反芻してははしゃいだ。奈美は私よりずっと記憶力が良くて、いつもライブの序盤に出てきたコンビのセリフまですらすらと再現した。そのおかげで、時間が経ってからも高い濃度を保ったまま記憶に残すことができた。

 ある日のライブの帰り道、奈美がネタで使われていた犬の鳴き声の効果音まで再現しだし、私が最寄り駅の三つ前で笑いすぎて具合が悪くなるという記念すべき不調を訴えていた時、奈美が手に持っていた携帯の画面上部には、奈美の母親からの「勝手にしなさい」というショートメールのメッセージが表示されていた。その日を境に奈美はライブに行かなくなった。私はおどけて「勝手の意味、逆で覚えてない?」と言ったのに、奈美はにこりともせずに「ポータブルの充電器借りてもいい?」と話題を逸らした。奈美は表情が豊かだったけれど、笑わない顔のほうが可愛かったから、可愛いままでつらかった。いつも学校では口に手を当てて笑うのに、劇場ではそれを忘れ、顔を崩して笑う奈美が好きだった。母親はいわゆる教育ママで、劇場へ通っていることは内緒にしていた。

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  • 『赤毛のアン論』松本侑子・著

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