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鼎談 頭木弘樹×斎藤環×横道誠 「当事者批評」のはじまり【“ケア”をめぐって】

鼎談 頭木弘樹×斎藤環×横道誠 「当事者批評」のはじまり【“ケア”をめぐって】

文學界3月号

出典 : #文學界
ジャンル : #小説

 今回鼎談の機会をいただいて、遅ればせながら頭木さんの本『食べることと出すこと』も読ませていただきました。こちらは主として身体疾患に照準した視点から文学作品を読み解いていくものです。精神医学は身体を軽視する傾向が強いだけに、教えられたことがたくさんありました。頭木さんが書かれているように、健康な人の身体って透明なんですよね。特に健康な男性は、自分の身体をほとんど意識することがない。女性は月経のほか、便秘、頭痛といった不定愁訴を頻繁に抱えているので身体意識が高いんですが、健康な男性ほど身体は透明化している。両者では、そこから出てくる思想もずいぶん違うだろうということを想像しました。

 とりわけ感銘を受けたのが痛みに関する記述です。痛みって一番共感が難しい感覚だと思うんです。どれほど共感性が高い人でも、身体の特殊な痛みに関してはなかなか理解が及ばず、だからこそそこで分かり合えると、非常に高い共感が一気に発生したりする。手術の痛みを共有した男性と涙ながらに語り合う話は、非常に印象的でしたね。

 そういった感覚のありようは、病を経験するだけではなく、ブラック企業で休む暇なく年中病んでいるという状況も照らし出しています。そんなふうにお二人の本からは、これこそが本来の「病者の光学」といいますか、当事者の視点からじゃないと見えない思想や文学があることを、あらためて教わった感じがします。

 横道 ありがとうございます。斎藤さんが書評で『みんな水の中』を「当事者批評」と評してくれたことに感動しました。当事者批評というものが生まれるまでの経緯を私なりに整理すると、まず二〇世紀が終わって二一世紀に入る頃に――私は文学部の学生だったので、リアルタイムでは知らなかったんですが――、「当事者主義」という言葉がけっこう流行ったようです。そして二〇〇一年から、斎藤さんが紹介されたように、北海道浦河べてるの家で当事者研究が始まりました。

 当事者研究では、何かの障害や疾患の持ち主が、ミーティングなどで仲間の力を借りながら自分で自分のことを研究する。自分が抱えている苦労や困難のメカニズムを理解し、そのことによって生きやすい状況を考えていくわけです。

 これまで文学的な世界からはあまり注目されてきませんでしたが、当事者研究って実はすごく文学的なことだと思うんです。というのも、当事者研究は、医学的診断が出発点になっていますが、それから半ば離れたり、それを超えたりして、自分にとって固有で一回的な現実をえぐり出していく営みだからです。物事を固有で一回的なものとして取り出していくのは、文学や芸術の決定的なポイントであり、それを自分の精神や身体でやっているのが当事者研究なんですよね。

 当事者研究の本をたくさん出して世に広めた、医学書院の編集者の白石正明さんは、おそらくそういう文学性にピンと来ていたのかもしれません。実際、熊谷晋一郎さんと綾屋紗月さんの共著『発達障害当事者研究』や熊谷さんの単著『リハビリの夜』は、どちらもポエティックなんですね。二冊とも文学的な評価はあまりなされていない気がするんですけれども、熊谷さんは切れ味のよい理論家であると同時に、詩人哲学者という雰囲気もある。ちょっとハイデガーっぽくて、自分独自の詩的な言葉を使いながら、固有の世界観を立ち上げていくことができる人です。

 この二冊は二〇〇〇年代の本ですが、二〇一〇年代に入って、白石さんが頭木さんに『食べることと出すこと』の依頼をしました。頭木さんは『絶望名人カフカの人生論』という本ですでにブレイクしていたので、この人だったら自分の病気について、他の人がまだ言語化してないものを言語化してくれるんじゃないかということを白石さんは期待したんじゃないでしょうか。


かしらぎ・ひろき●1964年生まれ。文学紹介者。自らの闘病生活を綴った『食べることと出すこと』のほか、編書に『絶望名人カフカの人生論』『絶望読書』などがある。

さいとう・たまき●1961年生まれ。精神科医・批評家。『オープンダイアローグがひらく精神医療』『コロナ・アンビバレンスの憂鬱』『いのっちの手紙』(共著)など著書多数。

よこみち・まこと●1979年生まれ。京都府立大学准教授。2021年『みんな水の中 「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』を上梓し話題に。


構成●斎藤哲也


 

この続きは、「文學界」3月号に全文掲載されています。

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