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「待ってました!!」と喜びの声をあげたい、期待の一冊!!

「待ってました!!」と喜びの声をあげたい、期待の一冊!!

文:内藤 麻里子 (文芸ジャーナリスト)

『菊花の仇討ち』(梶 よう子)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

『菊花の仇討ち』(梶 よう子)

 デビュー作『一朝の夢』(二〇〇八年)、『夢の花、咲く』(一一年)に次ぐ、「朝顔同心」シリーズ第三弾として一九年に単行本が刊行されたのが本作『菊花の仇討ち』である。二作目からやや間があき、長編だった前二作から一転して短編連作集として装いも新たな登場に、「待ってました」のかけ声と、「そう来たか」という喜びの声をかけたい。

 まずは前作『夢の花、咲く』から『菊花の仇討ち』まで、八年がたったことについて触れよう。この間の梶よう子の足跡をふり返ると、一作ごとに歴史時代小説家としての地歩を固め、周囲から大きな期待を寄せられている様子が見て取れる。

 千代田の刃傷を書いた『ふくろう』(一二年)、浮世絵師を取り上げた『ヨイ豊』(一五年)『北斎まんだら』(一七年)など長編歴史時代小説を世に送り出す一方で、シリーズものが着々と準備されているのだ。小石川御薬園の同心が人々の悩みを解く「御薬園同心水上草介」シリーズは、第一作『柿のへた』(一一年)以降、『桃のひこばえ』(一四年)『花しぐれ』(一七年)と続く。一四年『ご破算で願いましては』に始まった一律三十八文の雑貨屋を舞台にした人情もの「みとや・お瑛仕入帖」シリーズは、早くも『五弁の秋花』(一六年)『はしからはしまで』(一八年)と三作を数える。『一朝の夢』に少し顔を出す摺り師の安次郎が主人公の『いろあわせ 摺師安次郎人情暦』は一〇年に刊行され、続編『父子ゆえ 摺師安次郎人情暦』が一八年に出た。

 思えば、池波正太郎に「鬼平犯科帳」シリーズ、藤沢周平に『蝉しぐれ』を始めとした「海坂藩」を舞台にした作品群、平岩弓枝に「御宿かわせみ」シリーズがあるように、娯楽作品としての歴史時代小説の王道にはシリーズものと言える系譜があった。現代の文芸界は、人気シリーズを育もうとさまざまな努力がされている。例えば長い歴史を刻んできたオール讀物新人賞が、二一年に発表された第一〇一回から歴史時代小説分野に特化されたのもそうした試みの一つだ。『一朝の夢』で鮮やかにデビューし、コンスタントに力作を発表する梶さんに、シリーズの期待がかかってくるのは当然の成り行きだ。そんな中での「朝顔同心」みたびの登場は、待ちに待たれていたと言えよう。

 同シリーズは、シリーズものとしては異色の誕生経過をたどる。

『一朝の夢』は、松本清張賞受賞作。中根興三郎は北町奉行所勤めの同心、と言っても定町廻りでも、隠密廻りでもない、両御組姓名掛というしがない名簿作成役にすぎない。ところが暇な役職を奇貨として精を出す朝顔栽培が縁で、幕末のうねりに巻き込まれていく。興三郎が夢中になる変化朝顔の奥深い魅力と、攘夷派と開国派の暗闘が絡み合う中で、背だけは六尺近いのに剣術の腕もなく、朝顔のこと以外は口下手な興三郎の成長を描いた。数々の哀しみと、一筋の希望に彩られた物語だった。

 第二作『夢の花、咲く』は、前作より遡ること五年の設定となった。興三郎の朝顔愛は当然あって、安政の大地震が起きた世情を背景に、あくどい材木商と隻腕の元奉行の思惑が交錯する。興三郎が見合いにしくじった場面で幕が開くが、前作を読んでいれば、後の淡い恋の運命を知っている。興三郎が咲かせたいと夢見る黄色花の顛末も知っている。終わりから始まった物語を書く難しさもあろう。しかし、梶さんは安政の大地震に現代の東日本大震災を二重写しにして、政治、行政の不手際、被災に乗じた商売などを指弾しつつ、厚みを持った長編を織り上げていった。

 そして『菊花の仇討ち』である。ここで、六編からなる短編連作という、前二作と異なる変化球を持ってきた。第二作から一年以上たった設定だ。実は、定町廻り同心だった父と兄の下で小者をしていた藤吉、朝顔師匠の成田屋留次郎、留次郎と変化朝顔の腕を競う大身旗本、杏葉館ら短編シリーズにするときの役者は十分にそろっていた。満を持しての第三作と言えるのだ。単行本デビューから十年を超え、軽やかさを増した筆が自在に物語を紡ぎ出す。捕物帖ならぬ、日々の生活の中から持ち込まれる相談事、不審な出来事を、朝顔を取り持ち役に興三郎が解いていく。

文春文庫
菊花の仇討ち
梶よう子

定価:814円(税込)発売日:2022年03月08日

文春文庫
夢の花、咲く
梶よう子

定価:660円(税込)発売日:2014年06月10日

文春文庫
一朝の夢
梶よう子

定価:836円(税込)発売日:2011年10月07日

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