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「待ってました!!」と喜びの声をあげたい、期待の一冊!!

「待ってました!!」と喜びの声をあげたい、期待の一冊!!

文:内藤 麻里子 (文芸ジャーナリスト)

『菊花の仇討ち』(梶 よう子)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 冒頭の「くだりの小袖」は、『夢の花、咲く』で描いた安政の大地震でこぼれ落ちたエピソードの後日譚ともいえる一編だ。お救い小屋でのあらぬ中傷にさらされたお徳は、被災家屋からの盗みで糊口をしのいでいた。現代の災害でも起こりうる事態だ。さらに彼女には幼馴染みに対するいじめという過去がある、極めて現代的要素が濃く反映する物語だ。そういえば、以前インタビューしたとき、どんな物語を書きたいかという問いに対する梶さんの答えを思い出した。「現代を江戸にはめ込むのではなく、江戸にあったものを現代にはめ込んで普遍性を感じてもらえれば」。

 二編目の「鳴けぬ鶯」は藤吉の不審な行動から、気の毒な恋が浮かび上がる。この藤吉は、ことに第三作では貴重な登場人物となる。定町廻り同心だった亡き父と兄の小者をしていたおかげで探索のできる役回りを担い、その方面では役立たずの興三郎を助けるのだ。また長年、中根家に仕えているため、「ぼっちゃん」である興三郎とのかけ合いがユーモラスでペーソスさえ醸し出す。

「善の糸車」は、見返りを求めず他人の面倒をみることを喜びとするおそめと、第一話に登場するお徳が絆を結ぶことになる。本書の刊行後、新型コロナウイルスの感染が広がった。不寛容で、せちがらかった人間関係がさらにギスギスしてきた。リモートワークのせいで離婚も増えたと聞く。こんな時代だからこそ、大切なのは人間関係ではないか。困ったときに助けてもらい、相手が困ったときは自分の得意なことで補い合える。おそめには資金と知恵があり、お徳は商売へのバイタリティーがある。そのうえ子を産んだことのない女と、母の温かみを知らぬ娘の取り合わせである。血は通わないけれど築ける関係性について、そっと教えてくれる一編であろう。

 表題作である「菊花の仇討ち」は、朝顔と菊、中根興三郎と中江惣三郎という対比の妙で始まって、菊をめぐる仇討ちものになる。惣三郎と間違われて襲われた興三郎を「三好」と名乗る侍が助けるが、第一作『一朝の夢』で親しく交わる三好貫一郎の初登場場面となる。本作『菊花の仇討ち』を通じて描かれる三好は、第一作のイメージと少し異なる。一本限りの長編と思っていた作品をシリーズ化するとき、若干の変質は起きる。それを含めて楽しむのがシリーズものの醍醐味である。

 第五編「花ぬすびと」は、成田屋留次郎が主催する花合せの会場から、わざわざ出品してもらった客花が消える騒動が起きる。「菊花の仇討ち」と本編で登場する植木屋、岡崎六郎太は第二作『夢の花、咲く』で北町奉行所の定町廻り同心だったが、事情があって奉行所を辞めた。その後の息災な姿が知れてうれしいと共に、藤吉と同様探索面で頼もしい助っ人である。こうして脇の陣容はどんどん充実してくる。ところが終わりが決まっているシリーズである。第二作で五年遡ったものの、三好の登場から逆算すると、第一作まで一年切っているかもしれない。これで終わりか、逆転の一手があるのか、とても気になるところだ。

 最終話「わりなき日影」は哀切だ。幕開けは軽妙に進む。興三郎はおみねたちに頼まれた人探しのため、普段は縁のない吉原に赴く。おみねは『菊花の仇討ち』全編を通しておきゃんな江戸娘として父親の留次郎を閉口させ、興三郎にも時に遠慮ない口をきく。物語の潤滑油となっている、充実した脇役の一人だ。ともあれ、興三郎は朝顔の知識を生かして尋ね人にたどり着く。どうにもならないかに思えた一連の出来事の決着が、また泣かせるのである。「花ぬすびと」でもそうだったが、この作家は慈悲ある決着をつける。

 つづる筆はのびやかに、企みは細かく、そしてほとんど自家薬籠中とも言えるほどになった朝顔の知識が光る。デビュー作がここまで到達したことは称賛に値する。

 最後に梶さんのこんな言葉を紹介したい。やはりこれも以前に取材したときのことだ。テレビの時代劇が大好きだという話をしていて、こう語った。「(時代劇で展開する義理、人情、人間の矜持などの話は)今の日本が忘れているものを描いていると言われますが、実は現代人はわざとそういう面を出さないようにしているのではないでしょうか。日本人は、主人公が苦労して苦労して頑張っていくことが嫌いではないと思います。現代ものでそれをやるとリアルすぎるか、もしくはアスリート的になってしまう。時代劇の中でやるからこそ、彼らも頑張っているなと思ってくれるといいですね」。梶作品の一面を表しているように思えたのだ。

文春文庫
菊花の仇討ち
梶よう子

定価:814円(税込)発売日:2022年03月08日

文春文庫
夢の花、咲く
梶よう子

定価:660円(税込)発売日:2014年06月10日

文春文庫
一朝の夢
梶よう子

定価:836円(税込)発売日:2011年10月07日

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