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鼎談 栗原康×松村圭一郎×森元斎 アナキズム会議<特集 アナキズム・ナウ>

鼎談 栗原康×松村圭一郎×森元斎 アナキズム会議<特集 アナキズム・ナウ>

文學界4月号

出典 : #文學界
ジャンル : #小説

アナキズムとはどのような考えなのか。なぜいま注目されているのか。今日のアナキズムを日本に広めた三人が語る、相互扶助の思想とその展望。


「文學界 4月号」(文藝春秋 編)

■大杉栄の衝撃

 ――本日は、お三方のアナキズムとの関わり方、そして近年注目の集まるこの思想の魅力について談義していただき、最終的に、それを今この国でどう実践し得るのか、というところにまで踏み込んでいければと思います。

 栗原 僕は、大杉栄という大正時代のアナキストを研究しています。彼に関心を持ったのは高校生のころ。将来をみすえて進学、就職……などと言われてがんじがらめになっていたときに、彼の本を読んだらいろいろと腑に落ちたんです。将来をみすえた自分なんてものは一回全部脱ぎ捨ててしまっていいぞ、ゼロになって好き放題やっちまえ、みたいな思想に衝撃を受けて。僕は全然不良でも何でもなかったんですけど、学校からの「言うこと聞け」という圧に対して「クソくらえ」とずっと思っていた子供だったので、それがしぜんとアナキズムと重なったんでしょうね。

 実際に運動に参加したのは、大学院生のころ、二〇〇三年からです。一九九〇年代後半から世界的に盛り上がりを見せていたグローバル・ジャスティス運動に関わりました。ちょうど新自由主義がガンガン来ていて、日本では小泉政権。雇用の非正規化が進んでいて、僕も研究者志望だったけど、自分も含めて非常勤講師で食っていくしかない、その仕事すらないかもしれないという状況でした。政府は非正規化が進めば「自由になります」と言ってたけど、新自由主義の「自由」は大企業トップの自由です。カネもうけのためなら露骨な搾取も首切りもなんでもあり。法的に国内で許されなければ海外でやる。ようするに金持ちのやりたい放題。トップダウンで上から決められたら問答無用、こっちは何も言えずに強制される。それが世界レベルで展開されていた。一パーセントの金持ちによる金持ちのための資本主義です。クソですね。そんな世界はもうたくさんというのが、グローバル・ジャスティス運動です。だからデモ一つ組むにしても意識的にトップダウンが拒否される。政党や指導者の命令に従うのではない。自分たちのことは自分たちでやる。運動の原理は「自己組織化」と「水平性」。アナキストを名のっていなくても、みんなアナキズム的な原理を前提にしていました。

 そんなときに出会ったのが、アメリカの人類学者でアナキストのデヴィッド・グレーバーの文章です。当時、イギリスの政治・経済誌『New Left Review』に発表された「新しいアナキストたちThe New Anarchists」を読んだら、運動の新しい局面を「新しいアナキズム」と名づけていて「おおっ」って。僕ら三人とも、グレーバーには影響を受けていると思うので、またあとでじっくりお話ししましょう。

■深夜のドンキのアナキスト

  僕の場合も、栗原さんと同じように、アナキズム的なものへの関心の萌芽は、高校生の頃だったように思います。でも、アナキズム関連の本を読んだ、とかではなくて、それを地でいくような体験を通じて出会っていった感じかなと。自分は東京の西の方の生まれで、貧しい母子家庭で育ったのですが、まわりにも似た境遇のヤツらがたくさんいました。で、みんなで夜な夜な府中の甲州街道沿いにあるドン・キホーテにワラワラと集まっては、「今日何する?」みたいな感じでやっていた。そこはたまり場であると同時に、割りのいいバイトを紹介してもらったり、いろいろな生活の知恵をみんなで共有する場でもあった。今から考えてみると、アナキズムにおいて重要なテーマの一つである「相互扶助」的な空間でもあったように思います。

 その後に大学に入って、そういう場所や関係性に何か言葉を与えたいと思った時に、哲学がそうした役割を担ってくれるのでは、とぼんやりと思い、ジル・ドゥルーズを経由してアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドに行き着きます。卒論も修論も博論も全部ホワイトヘッドです。でも大学院に進むと、いろんなものを去勢されて、政治的な発言を一切慎み、学会論文を査読に通すためだけに生きていかなければならなくなる。それに途中で我慢ができなくなってしまい、一方で、密かにピョートル・クロポトキンやミハイル・バクーニンといったアナキストたちの本を読むようになった。そこからアナキズムと彼らが志向した相互扶助みたいな考え方を発見していくことになります。

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