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『シャイロックの子供たち』は、二層構造が仕込まれたミステリー。まるで《だまし絵》のような多面性を秘めた小説だ!!

『シャイロックの子供たち』は、二層構造が仕込まれたミステリー。まるで《だまし絵》のような多面性を秘めた小説だ!!

文:霜月 蒼 (ミステリ研究家)

『シャイロックの子供たち』(池井戸 潤)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

松竹での映画化とWOWOWでの連続ドラマ化が決定した池井戸潤さんの『シャイロックの子供たち』。
W映像化を記念して、ミステリ研究家・霜月蒼さんによる書下ろし解説を特別公開!!


キャラクターの描写の中に、物語の設計図がある。
――池井戸潤

 池井戸潤の代表作を一冊あげよ。と言われたらどう答えるべきか。難問である。知名度最強の〈半沢直樹〉シリーズだけでも五作ある。人気シリーズといったら〈下町ロケット〉も四作あるし、おまけに第一作は直木賞を受賞している。『ルーズヴェルト・ゲーム』『ノーサイド・ゲーム』二部作や『陸王』といったスポーツ系の熱血作や、半沢と双璧を成す〈花咲舞〉シリーズも忘れるわけにはいかない。直木賞候補となった『空飛ぶタイヤ』もあるしカルト的な人気を誇る『民王』も、などなどと言い出せばキリがなく、ちなみに筆者の偏愛作品は『架空通貨』で……という具合に意見は絶対にまとまらないだろう。

 だが、小説家・池井戸潤にとっての最重要作品はどれか? ということなら話はちがってくる。

 答えは本書、『シャイロックの子供たち』だ。

 池井戸潤は本書に並々ならぬ思い入れを抱いている。あるインタビューで「ここで実践した小説の書き方が、以降のすべての作品に繋がっている。僕のもうひとつの原点です」(「ダ・ヴィンチ」二〇一四年八月号)と答えているし、文春文庫版の帯に「ぼくの小説の書き方を決定づけた記念碑的な一冊」という言葉を寄せたこともある。

 原点であり、記念碑――本書は、著者自身がそう呼ぶ最重要の一冊なのである。

『シャイロックの子供たち』(池井戸 潤)

『シャイロックの子供たち』は池井戸潤の十四作目の小説にあたる。発表は二〇〇六年。ご存じのとおり、池井戸潤は一九九八年に銀行員を主人公とするミステリー『果つる底なき』で第四十四回江戸川乱歩賞を受賞してデビュー、続く第二長編『M1』(文庫化にあたって『架空通貨』に改題)で、「銀行ミステリーの旗手」としての地位を確立した。これは単に池井戸潤が銀行員の経験を持っていたからだけでなく、『果つる底なき』での新人離れした堂々たるミステリー演出や、「究極の金融サスペンス」と呼ぶにふさわしい『架空通貨』の挑戦的なアイデアが傑出していたからこその評価で、池井戸潤はこうしてまず、世界的にみても稀有なファイナンシャル・ミステリーの名手としてキャリアをスタートした。

 結果、デビューから『シャイロックの子供たち』までの八年間に刊行された十四作のうち、十二作がいわゆる「銀行ミステリー」となっている。銀行が舞台でないものはわずか二作。ここに大きな変化が訪れるのが第十五作『空飛ぶタイヤ』で、これ以降、池井戸潤は現在(二〇二二年三月)までに二十冊の作品を刊行しているが、そのなかで銀行が舞台のものは六作にとどまり、残る十四作は銀行が舞台ではない。つまり『シャイロックの子供たち』までの時期に比べて、「非銀行率」が14%から70%へ、55ポイント以上も増加しているのだ。これは劇的な変化であり、『空飛ぶタイヤ』以降を「第二期」と見なしてよいのではないかと思うほどである。

 この変化をうながしたものは何だったのか。

『シャイロックの子供たち』刊行の二〇〇六年に執筆が開始されたのが『アキラとあきら』だった。この作品の連載にあたって池井戸潤の中にあったのは、「銀行ものは、これで最後にしよう」という思いであり、「銀行小説の集大成を書こう」という決意だったという(「ダ・ヴィンチ」二〇一七年七月号)。背負ってきた「銀行小説の書き手」という看板を下ろそうという考えもあった。こうした決意が「第二期」へとつながってゆくのは明らかだが、その背景にあったのは直前に書き上げた『シャイロックの子供たち』なのではないかという気がする。なぜなら池井戸潤は、「銀行ものの短編集は『シャイロック~』が最高で、あれ以上のものは書けない」とまで言い切っているのだ(「ダ・ヴィンチ」二〇一四年八月号)。頂点を極めたという実感があったればこそ、「看板を下ろそう」「集大成を書こう」という決断が下せたのではなかったか。

文春文庫
シャイロックの子供たち
池井戸潤

定価:770円(税込)発売日:2008年11月07日

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