女性の生の可能性を広げるために、フェミニズムは何をしてきたのか?
- 2022.06.01
- ためし読み
「フェミニズムってなんですか?」
この問いに答えるひとつのやり方は、それを「フェミニズムは何をするのか」というかたちに置きなおすことです。なぜならフェミニズムは、何よりもまず、変革を志向し生みだす力だからです。すべてが現状のまま、何もしなくても良いのであれば、フェミニズムは必要ありません。フェミニズムにとって重要な問いは、フェミニズムが「何であるのか」よりもむしろ、フェミニズムが「何をするか」なのです。
それではフェミニズムは、何をするのか。何を変えるのか。
フェミニズムは、女性が女性であることによって差別や抑圧を受ける社会、女性たちの尊厳や権利や安全を軽んじる文化を変革し、女性たちの生の可能性を広げようとします。ここまでは多くのフェミニストが同意できるところです。ところが、そのためにさらに具体的に何をするのかに踏み込むにつれて、フェミニストたちの見解は多様にわかれていくことになります。フェミニズムが何をするのか、何をするべきなのかについて、フェミニストたちの意見は簡単には一致しないのです。「フェミニストは一人一派」と言われる所以です。
とはいえ、この点でフェミニストたちの意見が一致しないのは、ある意味では当然のことでもあります。フェミニズムがその可能性を広げようとする「女性たち」の「生」は、とてつもなく多様だからです。何をどうしたらどの女性の生の可能性が広がるのか、それによってどの女性は恩恵を受け、逆にそれをすることがどの女性の生の可能性を─意図せずだとしても─阻害してしまうのか。それらをあらかじめすべて見通して、あらゆる女性たちの生の可能性を一気に開くような「何か」をしようなどというのは、最初から無理な話です。フェミニズムが「何かをする」とき、それはいつも未完成で、いつも批判の余地があり、いつも異論に開かれている。むしろその不一致にこそ、変革の力としてのフェミニズムの可能性があります。
ですから、「フェミニズムってなんですか」という問いには、ひとつの定まった答えを出すことはできません。けれどもそれは、フェミニズムとは何か、何をするのか、何をするべきなのか、を問うべきではない、ということではないし、ましてや、フェミニズムが何をしてきたのかを知ることに意味がない、ということでもありません。
フェミニズムは、未完成で批判の余地のある形ではあれ、女性たちの生の可能性を広げるために、様々なことをしてきました。私たちは、その試みから、さらにその未完成な試みに対して向けられてきた批判や異論の蓄積から、多くを学ぶことができる。そして、私たち自身の、そしてとてつもなく多様な他の女性たちの生の可能性を広げるために「何かをする」とき、それを顧みて参考にすることができるのです。
この本は「フェミニズムとは何であるのか」に対してひとつの正解を提示することを目指してはいません。そのかわりにこの本が目指すのは、社会や文化の様々な局面において、女性たちの生の可能性を広げるためにフェミニズムは何を考え、何を主張し、何をしてきたか、何をしているのか、その一端を振りかえり、紹介することです。また、この本は、スポーツからアート、性暴力から婚姻まで、さまざまなトピックを扱いますが、これは網羅的なものでも、なんらかの基準で体系化されたものでもありません。ランダムに並ぶトピックは、それぞれ一応は独立していますから、どこから読み始めていただいても構いませんが、複数の章にまたがって繰り返し出てくる視点や用語にお気づきになる方もいらっしゃるかもしれません。「あそこの文脈で出てきたこの視点、この用語は、こちらの文脈ではこういう風に効いてくるのだな」と、そのズレまで含めて「何をしてきた/しているのか」を感じていただければと思います。
オックスフォード大学の政治哲学の教授であるアミア・スリニヴァサンは、最近出版されたフェミニズムに関する著書の前書きで、このように書いています─「フェミニズムは問う。女性の政治的、社会的、性的、経済的、心理的、そして身体的な従属を終わらせるというのは、どういうことなのか、と」(アミア・スリニヴァサン『The Right to Sex〔セックスする権利〕』)。そしてそれに続けて、こう言うのです。「フェミニズムの答えはこうだ。私たちにもわからないんだよね、どんなものかやってみようよ」。
女性への差別や抑圧のある社会を変革し女性たちの生の可能性を広げるべく、フェミニズムが「やってみる」とき、そして皆さんがその試みに加わるような「何かをする」とき、この本のどこか一部がその参考になれたなら。もっと良いのは、ここで書かれたことの何かが、それぞれの場でのそれぞれのフェミニズムの「やってみる」を駆動する燃料になれたなら。
この本を手に取って下さった方が、自分の、あるいは自分以外の女性たちの生の可能性を広げるような「何かをしたい、何かをしなくちゃ」と感じたとき、その試みを後押しする力の一部になることができたなら、それこそが、この本のしたかったことなのです。
清水晶子
「はじめに」より
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