「東大首席タイプと付き合いたい男なんか、ほかにいないよ」。なぜ女性の価値と学歴には“ねじれ”があるのか
- 2022.03.31
- ためし読み
取材をしていると、強く印象に残る場面というものがしばしばある。目の前の相手が感情を顕にしたり、予期せぬ反応を示したりした時で、両方揃えばなおさらだ。
その瞬間が、まさにそうだった。
「私、ここまで追い詰められていたんだなと思って……」
華やかなサテン地のブラウスをまとった女性の言葉が途切れ、大粒の涙がぽろぽろとこぼれてきた。
女性の名は、山口真由。コメンテーターとして一躍有名になった彼女だが、最初に世間を驚かせたのは、そのあまりにきらびやかな経歴だった。
東京大学法学部在学中に、司法試験と国家公務員Ⅰ種試験に合格。二〇〇六年の卒業時には「オール優」の成績で総長賞を受賞した。財務官僚を経て弁護士となり、著名な法律事務所に勤務後、ハーバード大学ロースクールに留学。さらに東大大学院博士課程修了、という超のつくエリートだ。現在は、信州大学特任教授でもある。
学歴でいえば男女の別なく世代の頂点にいるような、そんな山口が涙を流したのは、法律事務所を辞める頃を振り返っていた時だった。
「私は昔から圧倒的にできた経験なんてなかったのに、自分は飛び抜けてできるはずだという自己認識を持って社会に出て、財務省の時も弁護士の時も思うようにできないことを納得できなくて。私が悪いんだ、駄目だ、と自分を責めて疲れてしまったんです。今思えば単純にその仕事が合うか合わないかの問題なので、次の道を探せばよかったんですが」
輝かしい経歴の陰で、思い出すだけで涙が出るほど、追い詰められていたのだ。
当時付き合っていた恋人からはこう言われていたと、山口は自著に記している。
「勉強はできるけど仕事はできない」
「東大首席タイプと付き合いたい男なんか、ほかにいないよ」
この恋人には、仕事の苦悩を明かせなかったという。
「彼と結婚することを考えていましたし、認められたかったから、仕事がうまくいっていないと気づかれたらどうしようと思っていました。彼は彼で自信がなかっただけなのに、精神状態が悪かった私はマウンティングされているように感じて、自己肯定感がすり減っていって……」
声を詰まらせての回想を聞きながら、二〇一九年度の東大入学式で話題になった、上野千鶴子名誉教授の祝辞が脳裏をよぎった。上野は日本の大学においていまなお残る性差別や性暴力の問題を指摘し、東大も例外ではないと語った。
こんな一節がある。
「男性の価値と成績のよさは一致しているのに、女性の価値と成績のよさとのあいだには、ねじれがある」
女子は子どもの時からかわいいことを期待される。それは愛され、選ばれ、守ってもらえる価値であり、相手を絶対脅かさないという保証が含まれる……と祝辞は続く。
山口がかつて抱えた仕事の苦悩は、男女関係なく東大出身者にはありがちな悩みだということだった。だが、そこから恋人との葛藤まで派生するのは、上野の指摘する女子特有の「ねじれ」によるものではないか。
苦い思いが湧いてくるのは、山口と同じように東大を出た他の女性たちからも、形は違うが「ねじれ」にまつわる体験を聞いてきたからだ。
努力で破れない壁
東大に女子が入学できるようになったのは一九四六年のこと。それから七五年となる二〇二一年には、学部合格者に占める女子の割合が過去最高の二一・一%(前年度比一・五ポイント増)になった。全学部生で見ると依然として二割弱だが、長年続く「二割の壁」をいよいよ越えられるか、と新聞などでも報じられた。
もっとも、今の時代に、この数字でニュースになるのは東大くらいのものだ。日本の大学全体で見れば今や女子が四五・五%を占めるし、他の旧帝大や早慶上智などの私立大、世界の名門大学と比べても圧倒的に低いのが実情だ。
筆者は二〇二〇年、月刊誌『文藝春秋』が運営する『文藝春秋デジタル』で「“東大女子”のそれから」という連載を始めた。ちょうど上野の祝辞に端を発し、東大女子学生の「二割の壁」という言葉が話題になったタイミングだった。
もっと世俗的なことでいえば、「東大」の名を冠したクイズ番組(特定の大学名が番組名に使われること自体、他の大学ではありえない)などで、タレント並みの人気を博す東大生や東大出身者が出てきていた。その一方で、テレビで有名になった人を含め、男子東大生・出身者の対女性トラブルや事件が、たびたび取り沙汰された後でもある。
東大とつくだけで、良きにつけ悪しきにつけ、注目される。そんな東大出身者の中でも、少数派である女性たちの本音に迫りたくて、連載では二〇~九〇代の卒業生一〇人にインタビューをした。一人あたり一時間半~二時間程度、なかには語りだしたら止まらなくなり、三時間近くに及んだ人もいる。二回にわたって話を聞いた人もいる。一口に「東大卒」といっても人生いろいろで、どの人の歩みも興味深いものばかりだった。
ただ単に、個々人の生き様を知りたかっただけではない。
日本の大学の最高峰に入るような優秀な女性たちが、努力では破れない壁に女性というだけでぶつかるとしたら、その「壁」とは何なのか。時代によってどれほど変化しているのか、あるいは変化していないのか。
そこから日本の女性活躍の課題を探りたい。そんな目的を抱いていた。
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