台湾を舞台にした彩り豊かな小説の世界――。旧跡を遺した街に生きる人々の暮らしを鮮やかに伝える名作を紹介。
郷愁と異国情緒と
「台北は大都会になってきているけれど、ちょっとした路地や人々の素朴な優しさや露店が並ぶ雰囲気がまるで私が小さな頃の日本のようだった」
――と語るのは、吉本ばななの短編「SINSIN AND THE MOUSE」の主人公・ちづみだ。彼女は母を亡くした後、気分転換に台北を訪れる。けれど考えるのは母のことばかり。以前の旅行で登った台北一〇一を見て、そのときは写真をすぐに母に送ったのに今はもういないのだと、あらためて喪失感を味わう。
だがシンシンという男性と出会い、茶藝館でお茶を飲み、プリン入りミルクティーを飲み、台湾の温かい空気や濃い緑の匂いに包まれているうちに、街の風景が少しずつ変わり始める。
「彼の横顔の向こうに流れていく台北の街は新鮮に見えていた」「古いビルと新しいビル。広すぎる車道。漢字と英語の入り混じった様。人々は東京よりも少しゆっくりと街を歩いていく」
外国なのに日本と似ている。似ているけれど、やはり違う。台湾の大きな魅力のひとつだ。
温又柔の『空港時光』は、日本の羽田空港と台北の松山空港を舞台に、それぞれの国を行き交う人々を描いた群像小説である。「可能性」という章の中に、主人公が台湾総督府を眺める場面がある。「赤煉瓦と白花崗岩が独特な風合いを醸す」その建物を、主人公は「はじめて見る気がしなかった」と感じる。その理由を同行者がこう説明する。
「東京駅だよ。あの駅舎と、この建物の設計者は師弟関係にある。だからあの塔を見あげながら、遠い東京への郷愁を感じる日本人もいたかもしれないね」
そんな台北の街を台湾人作家が描いたのが、紀蔚然の私立探偵小説『台北プライベートアイ』だ。台北市街南端、臥龍街の猥雑な街並とそこで暮らす人々の混沌が実にリアル。探偵の呉誠は言う。「台北は文明によって飼い慣らされることを拒否する都市だ」と。
台湾の裏社会を描くノワール小説
無秩序が横行する台湾のダークサイドなら、馳星周『夜光虫』がいい。日本のプロ野球選手だった男が台湾野球で八百長に手を染めたのがきっかけで、裏社会へ堕ちていくノワール小説である。ねっとりと搦みつくような台湾の暑さが、いつまでも読者をとらえて離さない。
『夜光虫』の舞台は九〇年代。作中に、野球選手たちが台北から高雄の球場までバスで八時間かけて移動するくだりがある。それを一時間半に短縮したのが台湾新幹線だ。吉田修一『路』は、その着工から開業までの八年間を描いている。
現地に出向した日本人商社員や、後に現地の整備工場で働くことになる台湾人フリーター、台湾で生まれ終戦後に日本に帰ってきた日本人の老人、日本で建築家となった台湾人青年―それぞれの物語が台湾新幹線を通して結ばれる。国境を超えた絆の物語である。沿線各地の風景も読みどころ。「台湾は南下するごとに、少しずつ太陽に近づいていくみたいですね」というセリフが印象的だ。
また、台湾新幹線は三月に他界した西村京太郎も『十津川警部 愛と絶望の台湾新幹線』で取り上げている。車両そのものの描写が詳しいのはさすが。
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