乃南アサ『六月の雪』は、台南で生まれ育ち終戦で日本に帰ってきた祖母の故郷を、孫娘が旅する物語である。祖母の記憶に残る家や街並みを探す過程で、主人公は日本と台湾の間にあった複雑な歴史を初めて知ることになる。
こちらにも、東京駅に似た建物が登場する。台南の元州庁だ。日本の面影を残す建物を見て、日本語を話す人々と会って、主人公は台湾を「外国じゃなかった時代のある外国」と考える。そして「曲がりなりにも一つの国として歩んできた国が、終戦と同時に、それほど日本と異なる歩み方をしてきたこと」に衝撃を受けるのである。
戦中戦後の台湾の動乱を青春小説として昇華
戦中戦後の台湾の動乱を、熱量たっぷりの青春小説として昇華したのが東山彰良『流』。こちらの舞台は台北だ。
一九七五年の蒋介石死去から物語が始まり、中国から流れてきた外省人ともとから台湾にいる本省人の関係が、それぞれの歴史も含め色濃く綴られる。混沌と無秩序の中を生きる十代の主人公の葛藤と青春の無軌道、挫折と成長。そして祖父の死を通し、家族の歴史に向き合う姿を力強く描いた骨太な物語だ。
呉明益『自転車泥棒』も、現代の台湾を生きる人々が、語られなかった父親の人生を辿る物語である。
主人公は台北で暮らす小説家。彼の父は九〇年代はじめに自転車と共に失踪していたが、時を超え、自転車だけが小説家と再会した。修理のためのパーツを探すうち、父親世代の人生の記録がさまざまな形で彼のもとに集まり始める――。
物語は現在から九〇年代、戦後、そして戦中へと遡る。マレー半島のジャングルを走った銀輪部隊。ビルマで日本の師団と戦った者もいる。自転車を組み立てるようにそれらの歴史が合わさり、つながる。家族の物語であり世代の物語であり、そして、近いのに知らなかった台湾史の物語である。
一度は同じ国だった外国。その歴史ゆえに、似ているけれど違う、違うけれど似ている国。だから台湾を描いた小説には、郷愁と異国情緒の両方があるのだ。
大矢博子(おおや・ひろこ)
書評家。著書に『女子ミステリー マストリード100』『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』等。アンソロジーの編集も多数ある。
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