- 2022.09.19
- コラム・エッセイ
何を書いてもネタバレなので何も書けないフランスの超絶サイコ・ミステリー!
坂田 雪子
『魔王の島』(ジェローム・ルブリ)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
本書はフランスの作家ジェローム・ルブリのLes Refuges(2019)の全訳である。ルブリの三作目の作品であり、二〇一九年のコニャック・ミステリー大賞受賞をはじめ、二〇二一年のリーヴル・ド・ポッシュ読者大賞を受賞するなど、本国フランスでの評判はすこぶるよい。
と書いたあと、内容を紹介しようとして困ってしまった。
何を書いてもネタバレになりそうで、何も書けないではないか。
本書『魔王の島』が「え? そうくるの?」という驚きの連続で、魅力あふれる怪作なのはまちがいない。だが具体的にその魅力を伝えようとすると、頭で「ネタバレ!」の警報が鳴る。訳者はたいへん困っている。
とはいえ、困っていてもしようがないので、紹介してもよさそうなところまで内容を紹介しよう。
一九八六年のある日、新聞記者のサンドリーヌは、亡くなった祖母の遺品を整理するため、ノルマンディー沖の孤島を訪ねることになる。いわくありげなその島には、年老いた四人の島民が暮らしていた。島に残る数少ない島民たちは、島に秘密があることをにおわせる。だが、正体不明の何かに怯えているようで、決して島の秘密を明かそうとしない。謎めいた断片が垣間見えるだけである。
島には第二次世界大戦中にナチス・ドイツが残していった巨大なトーチカが不気味にそびえ、夜になると、姿は見えないのに鳴き声だけが聞こえる野良猫が現れる。甘い歌声の愛のシャンソン『聞かせてよ 愛の言葉を』さえも、島で流れると不吉に響く――。というのが、本書の初めのほうの内容だが、これ以上はやはり何を書いてもネタバレになりそうなので、あとは作品を読んでお楽しみいただきたい。
著者のジェローム・ルブリは、一九七六年、フランス中部のシェール県サン=タマン=モンロンに生まれた。サン=タマン=モンロンは作中にも出てくるが、パリから三百キロほど南へ行った、人口一万人ほどの町である。
地元紙〈レコー・ドュ・ベリー〉のインタビュー記事によると、ルブリは職業高校でホテル・外食業の上級技術者免状を取得後、トゥール大学応用外国語学部の一般教育課程を修了した。その後は、イギリスやスイス、フランスのプロヴァンス地方のレストランで働くなどさまざまな仕事を経て、現在はプロヴァンス地方で執筆活動に専念している。
作家業に専念する以前も、仕事をしながら短編小説を書いていたそうだが、「四十歳を目前にした二〇一五年、レストランの責任者になって十年がたった頃、六カ月間仕事をやめて本の執筆に専念することにした」という。そのときに書きあげたのが、二〇一七年に発表された一作目のミステリーLes Chiens de Détroit(デトロイトの犬)で、アメリカのデトロイトを舞台に女性刑事が子どもばかりを狙う連続殺人犯と対峙するという作品である。ルブリはこの作品でプリュム・リーブル賞の新人部門銀賞を受賞した。ルブリ自身の言葉によると、「九歳の頃、(自分の本をつくりたくて)クリスマス・プレゼントにタイプライターを希望したが、高すぎてもらえなかった」とのことで、初めて自分の著書を手にしたときは、九歳だったそのときの自分を思い出したという。
翌二〇一八年には、二作目のLe Douzième chapitre(第十二章)が発表された。こちらは、未解決だった過去の少女行方不明事件が、あるきっかけで三十年後に再び掘り起こされるという内容で、パリジャン紙はこの作品を勧める書評記事で「オリジナリティーに富む寝不足必至のミステリー!」と高く評価している。そして、三作目が二〇一九年に発表された本書『魔王の島』であり、前述のように数々の賞を受賞して、ジェローム・ルブリの名をいっそう広めることとなった。本書の発表後も、ルブリは二〇二〇年にDe Soleil et de Sang(太陽と血)、翌二〇二一年にLes Sœurs de Montmorts(モンモールの姉妹)と精力的に執筆しつづけている。
なお、本書の翻訳はまず青木が全編を訳し、坂田が手を加えて全体を整えた。文責は坂田にある。
最後に、翻訳にあたっては、文藝春秋の永嶋俊一郎氏に数々の貴重なご助言をいただきました。この場を借りて心から感謝申し上げます。また、この素晴らしい作品を訳す機会をご紹介くださったフランス語翻訳家の高野優先生にも深く感謝申し上げます。
坂田雪子
二〇二二年七月
(訳者あとがきより)