- 2021.01.15
- 書評
「働く」とは生きること。鬼才ルメートルが放つ怒濤の再就職サスペンス
文:諸田 玲子 (作家)
『監禁面接』(ピエール・ルメートル)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
本書『監禁面接』について、まずはひとこと。ひとすじ縄ではいかないと心すべし。
なにしろ予測不能、驚天動地、全力疾走の、あのルメートルである。読みだしたら息つくまもなく、これでもかと強烈なパンチをあびてノックダウン、茫然自失させられるのはまちがいない。
私がルメートルと出会ったのは、大ヒット作『その女アレックス』だった。噂にたがわず、ページをめくる指が止まらないまま一気読みした。それまで名前も知らなかった著者の掌の上でころがされて、どれほど翻弄され、驚愕させられたか。そもそも推理小説のどんでん返しは最後に予想外の犯人が明らかになってびっくり仰天するのが定番なのに、そんな悠長な展開はルメートルの辞書にはないらしい。早々と、しかも一度ならずくりだされるどんでん返しに加えて、奇策につぐ奇策の連続。なのに、とっぴとも思えるストーリーを違和感なく読みおおせてしまうのは、リアルすぎるほどリアルな描写と、十二分に練りあげられた完璧な構成、そして緻密な文章によるものだろう。
原作の順序はあべこべだが、このあと同じカミーユ警部を主人公にした『悲しみのイレーヌ』を読み、『傷だらけのカミーユ』も読了した。気弱な私は、正直なところ、リアルで緻密な――だからこそ生々しすぎる――残虐シーンに打ちのめされ、救いのない悲惨さに――それが現実だと理解しつつも――胸苦しさをおぼえた。後味の良い大団円なんてクソくらえと、ルメートルは辛らつに、世の善人ぶった読者諸氏を嘲笑おうとしたのかもしれない。
さて本書――。
くだんの三部作の衝撃が大きかったので、本を手にしても私はしばらく及び腰だった。が、何度もいうけれど「あの」ルメートルである。となれば怖いもの見たさもあって、読まずにはいられない。ところが案に相違して、本書に残虐な殺戮シーンは皆無だった。無慈悲な殺人鬼も登場しない。ひとまずは安堵。
だからといって、本書をありふれたミステリーと思うのは早計だ。もしかしたら三部作以上に恐ろしいのでは……と、本を閉じて戦慄した。なぜなら、本書の主人公アラン・デランブルは、私であっても貴方であってもおかしくないからだ。彼をとりまく背景も、決して特別な世界ではなく、私たちがおかれている現代社会そのものである。