- 2022.08.10
- コラム・エッセイ
北欧ミステリーの女王&最強のメンタリスト スウェーデンで20万部突破の話題作
富山クラーソン陽子
『魔術師の匣 上下』(カミラ・レックバリ ヘンリック・フェキセウス)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
本書はカミラ・レックバリ&ヘンリック・フェキセウスBox(Bokförlaget Forum, 2021)をスウェーデン語から日本語訳したものである。「スウェーデン・ミステリーの女王」と呼ばれる世界的ベストセラー作家カミラ・レックバリが、長年の友人でもあるメンタリストとコンビを組んで放ったミステリー・シリーズの第一作にあたる。
カミラ・レックバリは一九七四年生まれで、デビュー作の『氷姫』(二〇〇三年)がいきなりベストセラーとなり、その後もヒット作を連発。単にベストセラー作家としての名声を轟かせているのみならず、多くのテレビ番組に出演したり、テレビ番組制作にかかわるなどマスコミへの露出が多いことから、タブロイド紙の標的になるほどで、「ダイエットで痩せた」「リバウンドした」「再婚」「また離婚」などなど、傍から見ると気の毒なほどパパラッチに付きまとわれている。ただ言い方を変えると、芸能記者たちと持ちつ持たれつの関係を保っているようにも見える。
彼女の強みはなんといってもそのストーリーテリングにある。ページをめくる手が止まらないスリリングな展開の中に、クスッと笑えるような描写も組み込んで一息つかせるなど、緩急を心得た書きぶりは読者の心をつかんで離さない。レックバリはここ数年難民問題に取り組んでおり、本作にも見られるように、右翼に対しては大変厳しい姿勢で臨んでいる。生まれ故郷フィエルバッカ市の町興しにも一役買っていて、同市が世界中のレックバリ・ファンの聖地になっていることから、市側はガイド付きツアーを用意したりして、地元が生んだ大スターを讃えている。
もう一人は、一九七一年生まれのメンタリスト/作家のヘンリック・フェキセウス。
こちらも、スウェーデンのテレビではお馴染みの顔である。幼少の頃に奇術に目覚め、その奇術で他人の思考や行動を操作できることに気づいてからは、心理学から催眠に至るまで多様な分野の技術を学んでいる。読心術を売り物にしているだけに、一度カジノを訪れた際には、賭けを始める前に追い出されたという「苦い」経験の持ち主である。読心術を駆使して大儲けされてはたまらないというカジノ側の判断には、苦笑しながらもつい同調してしまう。本シリーズの主人公ヴィンセントはフェキセウスのクローン的な存在で、年齢や容姿はもちろんのこと、家族構成もそっくりだ。ただし、ヴィンセントの混沌とした私生活とは異なり、ご本人は安定した家庭生活を送っているとのこと。また講演家としても引っ張りだこで、スウェーデンで最も売れっ子の講演家の一人に数えられるほどの人気を誇っている。二〇〇七年出版の『イヤになるほど人の心が読める』を皮切りに著書も多く、邦訳もある。
つまり、今みなさんが手にしているのは、スウェーデンの超有名人二人による夢のコラボ作品なのだ。これが売れないわけはなく、スウェーデン国内で二十万部を売り上げたという。
著者二人はそもそも十五年に及ぶ友人関係があったというが、ご本人たちによると、二人とも昔から一匹狼的な性格で当初共著には懐疑的だったらしく、今回のプロジェクトも、最初の半年は試験的に極秘での共同作業を行ったとのことだ。長年の友情を壊すような結果にはしたくないという思いもあり、慎重にプロジェクトに取り掛かったようである。
さて、ではそんな経緯で生み出された本作はどんな仕上がりなのだろう?
物語は拉致された女性が惨殺されるショッキングなプロローグで幕を開ける。奇術で〈剣刺し箱〉などと呼ばれる演目を模したように、被害者は箱に押し込まれたうえで外から串刺しにされて殺されていた。ストックホルム警察特捜班の刑事ミーナ・ダビリは、事件と奇術の関わりに着目し、著名なメンタリストで奇術の心得もあるヴィンセント・ヴァルデルに、アドバイザーのような立場で特捜班に加わってくれまいかと依頼する。一方のヴィンセントは、警察は容易には自分のような立場の者を受け入れまいと思いつつ、ミーナの熱意にほだされて捜査に関わりはじめ、さっそく遺体に奇妙な暗号のようなものがあることに気づく。この事件は連続殺人の一環ではないのか。すると果たして、すこし前に拳銃自殺と思われていた女性の遺体から、似たような記号が発見される。その女性は拳銃弾を口に受けて死亡していたが、これは「歯で弾丸を止める」という奇術の演目を模したものだったのではないかとヴィンセントは推理する……。
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