梯久美子さんの『狂うひと――「死の棘」の妻・島尾ミホ』(新潮社)は、文字通り梯さんの代表作のひとつとなるであろう、衝撃的な一冊であった。未発表の原稿、日記、手紙など膨大な資料から、島尾敏雄の『死の棘』に隠された真実を掘り起こす。そこで明らかにされたのは、これまでの島尾文学の理解にまったく新しい光を投げかけるものだった。
評伝というジャンルでは、ある作家の生涯を丹念に辿り、その時代のなかで、あるいは歴史のなかで作品がどのように位置づけられるかを検証するところに大きな意味があるが、梯さんが島尾敏雄・ミホ夫婦を対象として行った作業は、そのような〈位置づける〉という意味での評伝の範囲を遥かに越え、すでに私たちにとって古典的な位置にある『死の棘』を、新たな物語として提示したかのような印象さえもたらすことになった。梯さんは、この仕事によって読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞、そして講談社ノンフィクション賞と三つの賞を同時に受賞することになったが、それは取りもなおさず、この仕事のインパクトを物語っているだろう。
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