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「何かを決めることができる会議体ではない」汚職が次々と明るみに…東京オリンピック大会組織委の“実態”とは

「何かを決めることができる会議体ではない」汚職が次々と明るみに…東京オリンピック大会組織委の“実態”とは

「第二文芸」編集部

堂場瞬一さん、山口香さん特別対談 #1

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 東京五輪・パラリンピックをめぐる汚職事件が発覚した。大会組織委員会の元理事、大会スポンサー、関連する広告代理店から逮捕者が続出するなか、スポーツ小説の名手・堂場瞬一さんと、JOCの理事を務めた山口香さんが、「オリンピックの意義」を語り合う。この献言は、オリンピックに群がって、「うまみ」をかすめ取っていく人たちに届くのか。(全2回の1回目/後編を読む

◆◆◆

堂場 今日はオリンピアンにして、日本オリンピック委員会(JOC)の理事を務めておられた山口香さんとお話するのを楽しみにしていました。といいますのも、東京オリンピック・パラリンピックをめぐる汚職事件の報道をみていて、アスリートの立場から、どう感じられるだろうか、ということをお聞きしたかったからです。現実がここまで腐敗していることに驚いています。

山口 私も、『オリンピックを殺す日』という刺激的な小説を書いた堂場瞬一さんが、作家として、今回の事態をどうご覧になっているか、お話ししたいと思っていました。

(左から)山口香さん、堂場瞬一さん

堂場 アスリートにとって、オリンピックというのはどんな存在なのでしょうか。

山口 アスリートはオリンピックを特別だと感じています。他にも世界大会があるのに、どうしてなのか。それは4年に1度だということが大きいと思います。私の場合、つまり柔道ですが、オリンピックでメダルを取れば、強烈なスポットライトが当たります。そして、どんな競技であってもアマチュアのアスリートが、きちんと評価される舞台なんですね。コロナ禍で開催された東京五輪は、その存在意義を、もう一度考えるきっかけになったと思っています。

東京オリンピックはスキップすべきだった

堂場 まさに、そうですね。ただ私は、スキップすべきだと考えていました。感染拡大の危険もあるなかで、かかわる人々の負担がとても大きくなると思っていたからです。「ピークが過ぎてしまう」。そういったアスリートの心情はよく分かるのですが…。

山口 私もスキップすることは、有りだと思っていました。全世界を見渡し、トレーニングできる環境を比較したら、まったくフェアな状況ではありませんでしたから。今回の東京五輪は、立場によって、評価が分かれたでしょうね。

東京オリンピックの会場となった新国立競技場

堂場 山口さんは、オリンピック中継をご覧になっていましたか?

山口 元々スポーツ全般が好きですから、可能な限り見ていました。

堂場 私は、オリンピック中継を見ながら、誰にも見せることのない『オリンピック日記』をつけていたんです。がらがらのスタジアムを見ながら、「何かが違う」「おかしい」と書き続けていました。

 

山口 同感です。オリンピックのムーブメントは、試合だけじゃなくて、海外から来たアスリートと市民の交流という部分もとても大切。それをせずに試合だけをしても、オリンピックじゃないと、感じていました。異様ですよ、あの光景は。

堂場 2019年のラグビーワールドカップでは、ジャパンの快進撃で、みんながにわかファンになって、スタジアムの周りで、飲食店で、熱く語り合っていた。東京五輪は、我々の世界と全然関係ないところで行われていて、「これをオリンピックと呼んでいいのか」と感じていました。

山口 オリンピックはスポーツの祭典と言われますが、間違いなく、お祭りではなかったですよね。

 

あれから1年。関係者が続々と逮捕される汚職事件が発覚

堂場 東京五輪から1年が経ち、もっときちんと検証すべきなのではないかと思っていたところ、大規模な汚職事件が発覚しました。そもそもオリンピックでは、総括的なレポートは作成されるんでしょうか?

山口 大会組織委員会も報告書は作成し、総括はしているのですが、一般の方々が「総括すべき」だと思っているところとのズレはあったでしょうね。今回の汚職事件を受けて、再度、総括すべきだと思いますが、大会組織委員会はすでに解散してしまっています。

堂場 検証する組織がないのはおかしいですね。メディアもその役割を果たしているとは言えません。

◇◇◇

 東京地検特捜部は9月6日、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の元理事、高橋治之容疑者らを受託収賄容疑で逮捕。大会スポンサーからも、逮捕者が出ている。

 紳士服大手「AOKI」から前会長の青木拡憲容疑者ら3人。同じく大会スポンサーであるKADOKAWAから、前会長ら3人が贈賄容疑で逮捕されている。

 東京地検特捜部は、スポンサーから支払われた、合計1億2700万円を、賄賂と認定。

 大会組織委員会の会長や理事は、みなし公務員とされ、職務に関する金品の受領を禁じられている。9月27日には、広告会社「大広」の執行役員、谷口義一容疑者も、贈賄容疑で逮捕されている。

◇◇◇

高橋治之氏 ©時事通信社

堂場 続々と関係者が逮捕されていますね。オリンピックのことを「集金と分配」のシステムだとしか考えていない人が、これだけ存在していたとは。

山口 堂場さんの小説でも、そう主張する大学教授が登場して、マスコミから干されてしまいますよね。あれは私のことかと思いました(笑)。

堂場 正しいことを言うと、干されてしまうのが、この世の中です。ところで、山口さん、上限35人の大会組織委員会の理事とは、どういう存在なのでしょうか。

 

山口 35人ということを考えても、よもや何かを決めることができる会議体ではないことは想像できると思います。オリンピアンやJOC、企業の役員、衆議院議員らからなる35人の集団。どうやって会議を進めるかといったら、喧々諤々と議論をするのではなく、事務方が議案を出して、基本的には異議なし、といった形で、進んでいく。だとすると、理事の一人一人が、大会組織委員会が決めることに対しての「責任」という感覚を持ちにくいでしょう。

堂場 それをいいことに、電通出身でスポーツマネジメント、マーケティングの専門家である高橋元理事が、サッカーのワールドカップなどと、同じ手法でやっていたのかもしれません。ただし、サッカーは、プロスポーツ。お金が動いて当然。高額の移籍金がニュースになる世界ですから。同じことを、オリンピックで絶対にやってはいけない。

堂場瞬一さんの小説『オリンピックを殺す日』(文藝春秋)

山口 あくまで想像ですが、オリンピックは、公金が入ってくる大イベントである、くらいの認識だったのではないでしょうか。

堂場 もっとひどくて、リベートをもらうのは当然だ、という感覚だったかもしれません。組織委員会の理事は、みなし公務員であるわけですから、自分の業務に関して、お金をもらってはダメなんです。

縦社会を重視する日本社会の悪しき風習

山口 事件の概要を知った時に、「この現代において、こんなにわかりやすい汚職事件が起こるのか」と驚きました。

堂場 時代劇じゃないですが、「三河屋、おぬしもワルよのう」といって、代官が懐にお金をしまうようなもんですよ。

山口 電通における先輩後輩の関係性、元同僚といった関係性を使った犯罪ということも特徴ですね。「これは俺がかかわっている。だから、おまえ、ちゃんとやっとけよ」と、文句を言わせない。縦社会を重視する日本の悪い側面が出ている。そういう因習から脱却して、公平性、公正性を世界にアピールするいい機会だったと思うのですが……。

 

堂場 ところが……。

山口 大会組織委員会会長だった森喜朗さんの女性蔑視発言もそう。設計段階で当初の約3倍の約3500億円まで工費が膨らみ、白紙撤回された新国立競技場の問題もそう。国民にあきれられてしまいます。

オリンピックに群がって、「うまみ」をかすめ取っていく人たち。

堂場 オリンピックやアスリートへの嫌悪感にもつながりかねないと、私は思っています。「あなたたちは、汚職や嘘が当然の汚い世界にいるんでしょう」という偏見が起きかねない。

山口 アスリートたちは「世界最高峰の勝負の世界」を見せようとしている。その周りの人たちが、砂糖に群がるアリのように、うまみをかすめ取っていく。

 

堂場 今回のオリンピックで、スキップという判断ができなかったのは、そういう人たちがたくさんいたからでしょう。スキップしてしまうと、集められたお金をどうするか、という問題が出てきますからね。

山口 出版界も当事者になっていますよね。

堂場 私も、KADOKAWAという出版社から、本を出しています。汚職にかかわった企業と今後、どうやって取引をするのか、そんなことでも悩んでいます。

山口 AOKIも、KADOKAWAも、賄賂を出してまでスポンサーになって、スポンサーになる価値はあったのでしょうか。その企業で働く社員たちは、そう思っているはずです。高橋元理事に賄賂を払えば、スポンサーフィーも値下げされる。この事件には、スポーツにとって大切なフェアネスも存在しない。

堂場 公式スポンサーは、裏金で買うものという印象はぬぐえません。

 

山口 さらに私が問題だと感じているのは、主導した人たちの年齢の高さです。1964年の成功体験から脱却できなかった人たちの認識のずれを感じます。

堂場 1964年当時、オリンピックを誘致したことで、首都高ができ、新幹線が開通した。でも、今の日本で、これ以上、東京を開発しても仕方ない。

山口 オリンピックの理念も当時と違いますよね。戦後19年目の東京五輪は、世界から人を呼んで、日本がどんな国かを知ってもらう意味もあった。だけれど、2012年のロンドンも、ましては2024年のパリなんて、どんな街かを知ってもらう必要はないでしょう。

(後編に続く)

【プロフィール】

堂場瞬一(どうば・しゅんいち)

1963年生まれ。茨城県出身。青山学院大学国際政治経済学部卒業。2000年『8年』で第13回小説すばる新人賞を受賞。主な著書に「刑事・鳴沢了」シリーズ、「警視庁失踪課・高城賢吾」シリーズ、「刑事の挑戦・一之瀬拓真」シリーズ(以上、中公文庫)、「アナザーフェイス」シリーズ、「ラストライン」シリーズ(以上、文春文庫)、「警視庁追跡捜査係」シリーズ(ハルキ文庫)、「警視庁犯罪被害者支援課」シリーズ(講談社文庫)。

2020年には、出版社の垣根を越えてオリンピックを題材にした「DOBA2020プロジェクト」に挑戦、スポーツ小説を4カ月連続で刊行した。

山口香(やまぐち・かおり)

1989年に筑波大学大学院体育学修士課程修了。1978年、第1回全日本女子柔道体重別選手権大会で最年少で優勝を果たし、以後10連覇。世界選手権でも数々のメダルを獲得。88年ソウル五輪で銅メダル。89年に現役引退。2000年シドニー五輪、2004年アテネ五輪で日本柔道チームのコーチを歴任。2020年6月まで日本オリンピック委員会(JOC)の理事を10年間務め、現在は、筑波大学で教鞭を執る傍ら、後進の指導にあたる。

INFORMATION

堂場瞬一さんと山口香さんによる対談の全編動画は、「文藝春秋digital」で有料版で配信されています。

「IOCは『汚職事件があった国では開催できない』と言うべき」東京オリンピックで露呈したスポーツ界の“悪しき体質” へ続く

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発売日:2022年09月09日

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