- 2022.11.03
- 文春オンライン
「IOCは『汚職事件があった国では開催できない』と言うべき」東京オリンピックで露呈したスポーツ界の“悪しき体質”
「第二文芸」編集部
堂場瞬一さん、山口香さん特別対談 #2
出典 : #文春オンライン
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
「よもや何かを決めることができる会議体ではない」汚職が次々と明るみに…東京オリンピック大会組織委の“実態”とは から続く
東京五輪・パラリンピックをめぐる汚職事件が発覚し、大会組織委員会の元理事、大会スポンサー、関連する広告代理店から逮捕者が続出している。スポーツ小説の名手・堂場瞬一さんと、JOCの理事を務めた山口香さんが、前代未聞の「五輪汚職」の再発防止について、語り合った。(全2回の2回目/最初から読む)
◆◆◆
IOCは「汚職事件があった国ではオリンピックはできません」というべき
堂場 この汚職問題が解決していない段階でも、札幌市は、2030年の冬季五輪・パラリンピックを誘致しようとしています。東京五輪にかかわった人たちが、誰も責任をとっていないのに、私には信じられません。
山口 IOCは「汚職事件があった国ではオリンピックはできません」というべきです。再発を防止するなんて言っていますが、検証もできていないのに、再発防止なんてできるわけがない。
堂場 9月のIOCの総会でも、汚職事件に関しては触れられていなかった。結局、彼らも「ばれないようにうまくやれよ」というスタンスなのではないでしょうか。スポーツ界の現状は、とても腐敗していると感じています。
山口 声の大きい人を止めることができないスポーツ界の、社会全体の悪しき体質が顕著になったとも言えますね。高橋元理事のやったことは、ばれずに成功したら、それがグレーと評価され、逮捕されたら、やっぱりブラックだったとされる。読者のみなさんの組織にも、こういった事例があると思います。そんなとき、「これはダメです」とブレーキを掛けられるのが、組織のガバナンス。それがあまりにもなかった。
人口減少社会で、老害を防ぐためには?
堂場 スポンサーの2社では、それぞれの会長が逮捕されています。「上の人が間違ったことに走っているときに止められない」のは、「老害」ですね。
山口 これから人口も減少し、若い人が少なくなるなかで、上の人が若手を押さえつけて、「俺のやっていることが正しいからついてこい」なんてやっていたら、その組織、業界、この国は先細りしてしまう。今回の東京五輪をめぐる汚職事件が、ターニングポイントとなってほしい。希望的観測が過ぎますかね。
堂場 方法はありますよ。思い切って、45歳定年を導入することですね。定年といっても、45歳で役職を退任するということです。古い世代が意思決定にかかわることはなくなる……。やっぱり無理ですかね(笑)。
山口 実はスポーツの世界は、それを可視化しているんです。20年競技を続けているベテランだからといって、オリンピックに出られるわけではない。特別枠はないですから。いいプレーをしたら、たとえそれがどんなに若いアスリートでも賞賛が集まる。私は将棋の世界からも、学ぶことがあると思っているんです。対局して負けたら、相手が年下でも、みんなの前で、「参りました」という言葉を発する。これはすごいことだと思います。
今回の「五輪汚職」の再発を防ぐために
堂場 汚職事件の再発を防ぐにはどうしたらいいでしょうか?
山口 それは第三者委員会や、調査委員会を立ち上げることです。第三者の客観的な目で、汚職の構造を調査することだと思います。
堂場 まさにそうですよね。東京地検特捜部がその役割を担っていますが、捜査機関が調べて初めて、何が起きていたかがわかるなんて、こんな恥ずかしい話はないです。
山口 このままでは、すべての責任を逮捕された人たちに押し付けて、「悪い人がいたね、それは残念だったね」となりかねない。2024年にパリ五輪・パラリンピックを開催するフランスは、違う対策をしていますね。
堂場 五輪を巡る汚職を防止するために、組織委員会のほか大会に関係する企業などを対象に、公的資金の不正流用がないかを独立した政府の監査機関がチェックする、というものですね。日本では、法整備は難しいんでしょうか。こんな汚職事件を起こしたシステムを放置したままなんて。ドーピングはあんなに細かく調査しているのに。
山口 ドーピング検査自体は、フェアネスのためにあっていいと思います。ただ、アスリートは、24時間すべての滞在場所を伝えて、朝5時でも、6時に来ても検査に対応しなくてはいけない。これは人権侵害に近い。そこまでアスリートに求めるのに、運営する側は、ここまでずさんというのは、最悪のダブルスタンダードです。
小説『オリンピックを殺す日』を読んで
山口 堂場さんの小説『オリンピックを殺す日』は、とても刺激的でした。オリンピックにかかわるメディア、ジャーナリスト、スポンサー、アスリートという立場それぞれでの葛藤が描かれていて、「オリンピックの関係者」が立ち止まって、考えるべき問題がたくさん書かれていました。
堂場 1984年のロサンゼルス大会以来、オリンピックは商業主義に毒されつつあるとは感じていましたが、東京五輪で、この大会が「集金と分配」のシステムと化していることが明白に露呈してしまった。それをうけての問題提起というか、新しい国際スポーツ大会のカタチを提案したいとおもった部分もありました。ただ、エンタメ小説ですから、サスペンスとしても、愉しんでもらえるように書いています。
山口 舞台設定は、東京オリンピックの数年後、まさに今くらいでしょうか、世界的企業が、新たなスポーツ大会「ザ・ゲーム」を企画している。その大会は、メディアを排除して開催される。この大会を仕掛けている謎の組織の正体を追いかける記者が、世界中を飛び回る。「ザ・ゲーム」は実際に成功するのか、アスリートはどういう選択をするのか、など、読みどころも満載でした。
堂場 オリンピックに関しては、あまりにも巨大になりすぎたし、もはや誰も全容をつかんでいないのではないか、と。この時代に、世界中からアスリートを集めて、国際スポーツ大会を開催する意味は何なのか。プロスポーツは、移籍金の額に騒ぎ、高額年俸の選手たちのパフォーマンスを批評して楽しむわけですから、今のままでもいい。オリンピックに関しては、理念も含めて、ゼロから立て直すべきだと思っています。そんな気持ちで、この小説を書きましたが、スポーツ界からは賛同されないだろうなぁ。
山口 堂場さんの小説について、私が抱いた率直な感想をもう一つだけ話してもいいですか?
堂場 ぜひお願いします。
山口 小説の中で、オリンピックを特別視しているアスリートたちの描写を読んでいて、「あなたたちが競技を始めた原点はなんだったんですか」と、問いかけたいと思ったんです。「オリンピックは特別だから」「オリンピックにはドラマがあるから」と、すべてを五輪に捧げようとして、自分をがんじがらめにしていく。ジャーナリストもそうです。一度、そこから解放されれば、新しいスポーツのカタチが見えてくるはずなんです。ぜひ皆さんに読んでほしい。
アスリートは「五輪汚職」について声を上げてほしい
山口 今は、若くして活躍するアスリートも多いですよね。彼らにとっては、最初に接する大人が、ジャーナリストだったりするわけです。メディアの方には、「どういう質問をするかで、アスリートの思考が鍛えられる」と伝えているんです。「この喜びを誰に伝えたいですか?」では、選手の思考は育ちません。「なぜあの選択をしたのか」と、直球の質問をしてほしいんです。じっくり考えなければ、答えの出ない問いをしてほしい、と思っています。
堂場 取材をすることで鍛えられるのは記者も同じです。アスリートに取材をするときは、記者も緊張しています。変なことを聞いて、機嫌を悪くしたら、ろくな答えが返ってこないだろう。今後、取材拒否されるかもしれない。相手から本音を引き出すには、どうすればいいか。取材の現場は訓練の場所でもあったんです。スポーツマネジメント会社やチームの管理が厳しくなって、「切磋琢磨する場所」が無くなってきていますけれどね。この問題で残念なのは、現役の選手が声を上げない事です。
山口 自分が言ったところで変わらない、という諦めと、練習をして最高のパフォーマンスを出すことが自分の役割だと考えている選手たちが多いと思います。
堂場 絶対に声を上げるべきです。作家の僕は部外者ですが、選手は当事者です。「ふざけんな」という声が上がってもいい。
山口 アスリートは意外とセンシティブで、自分が発信したことに対して、ネガティブな反応があると、傷ついてしまう人も多い。
選手が神輿に乗っている時間には必ず終わりが来る
堂場 何かを言えば、批判が飛んでくる時代です。だけれども、それを乗り越えて発言してほしいんです。練習に打ち込んでいる、ほんの5パーセントの時間を使って、世間がどうなっているかを見渡してほしい。「余計なことは考えないで、競技に集中してください。他のことは周りがしますから」という神輿に担がれているようじゃだめですよ。
山口 芸能の世界の方でしたら、それでもいいかもしれません。長きにわたって、神輿に担がれて仕事をすることもできますから。アスリートは違います。選手が神輿に乗っている時間には必ず終わりが来ます。自分で思考して、活動すべきなんです。
堂場 さらに残酷なことに、その期間は、とても短い。そんなに守られていたら、メンタルも鍛えられないでしょう。
山口 自分の考えで発言し、社会の反応を受け入れることを積み重ねて、経験値を上げていってほしい。アスリートからの発信は、スポーツ界を変える力になると信じています。
堂場 山口さんとの対談はとても有意義でしたが、ぜひ次回は、現役のアスリートにも登場してもらって、オリンピックの在り方について発信してもらいたい。司会と執筆は私がやりますから(笑)。
【プロフィール】
堂場瞬一(どうば・しゅんいち)
1963年生まれ。茨城県出身。青山学院大学国際政治経済学部卒業。2000年『8年』で第13回小説すばる新人賞を受賞。主な著書に「刑事・鳴沢了」シリーズ、「警視庁失踪課・高城賢吾」シリーズ、「刑事の挑戦・一之瀬拓真」シリーズ(以上、中公文庫)、「アナザーフェイス」シリーズ、「ラストライン」シリーズ(以上、文春文庫)、「警視庁追跡捜査係」シリーズ(ハルキ文庫)、「警視庁犯罪被害者支援課」シリーズ(講談社文庫)。
2020年には、出版社の垣根を越えてオリンピックを題材にした「DOBA2020プロジェクト」に挑戦、スポーツ小説を4カ月連続で刊行した。
山口香(やまぐち・かおり)
1989年に筑波大学大学院体育学修士課程修了。1978年、第1回全日本女子柔道体重別選手権大会で最年少で優勝を果たし、以後10連覇。世界選手権でも数々のメダルを獲得。88年ソウル五輪で銅メダル。89年に現役引退。2000年シドニー五輪、2004年アテネ五輪で日本柔道チームのコーチを歴任。2020年6月まで日本オリンピック委員会(JOC)の理事を10年間務め、現在は、筑波大学で教鞭を執る傍ら、後進の指導にあたる。
INFORMATION
堂場瞬一さんと山口香さんによる対談の全編動画は、「文藝春秋digital」で有料版で配信されています。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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