本書の単行本を刊行してから3年、日本で格差がここまで大きなものになるとは、多くの人たちにとって予想外だったのではないだろうか。以前から格差の拡大については懸念されていたことだった。だが、新型コロナウイルスの感染拡大によって、5年、いや10年くらい先の問題が前倒しされ、それが急激な格差拡大を引き起こしたのだ。
一体、どのような人たちが苦境に陥ったのだろう。
経済的なことでいえば、真っ先に挙げられるのが、2世帯に1世帯が貧困といわれるひとり親世帯だ。ひとり親に占める女性の割合は高く、非正規雇用か、正規雇用であっても飲食サービスや生活娯楽関連サービス(旅行、美容、葬儀、エンターテインメントなど)で働いている人が少なからずいた。
新型コロナは、そうした雇用形態や業界に大打撃を与え、彼女たちから仕事を奪い取り、社会で働いて生きるという当たり前の日常を粉々に打ち砕いた。ただでさえギリギリの生活を余儀なくされ、1人で家事を切り盛りしていた彼女らは、肉体的にも精神的にも追いつめられることになった。
一方で、IT業界、医療業界、物流業界、家電業界などの企業は、巣ごもり需要によって大幅に利益を伸ばすことに成功した。2021年4~12月期でいえば、過去最高の純利益をたたき出した企業は、全体の3割にも及んだ。こうした企業は、ウクライナ問題に端を発した世界的な物価の上昇に伴って、賃金やボーナスのアップを実現した。
このように見てみると、わずか3年前の日本と比べて、今の方が持てる者と持たざる者との差がより鮮明になったことがわかるのではないだろうか。君たちが生きているのは、まさにそんな社会なのだ。
現在の社会で困窮している人は、どのような事態に陥っているのだろうか。
新型コロナウイルスの感染拡大からしばらくして報じられたのは、悲しいニュースや統計だった。その一つが、虐待、家庭内暴力、子供の家出といった相談件数が軒並み急増したというものだった。
なぜ、こんなことが起きたのだろう。
感染拡大によって企業や家庭では在宅ワーク、オンライン授業、イベントの自粛などが余儀なくされた。良好な環境の家庭であれば、ひとつ屋根の下で家族が親密に過ごすことのできる貴重な時間が増えることになっただろう。そこでは家族の連帯感や愛情が育まれ、各々が自己肯定感を膨らませることにつながったはずだ。
だが、劣悪な環境の家庭では異なった。普段から夫婦の関係が悪かったり、親が子供に暴力をふるったりすることがあれば、一緒にいる時間が長くなるというのは、関係がより悪化することを意味する。虐待や家庭内暴力の増加は、そのようにして起きた。
さらに、こうした家庭に閉じ込められれば、子供たちは誰に助けを求めることもできず苦痛を耐え忍ぶしかない。それで家出という形で自宅を飛び出す者たちが増えたのだ。
しかしながら、家を出た10代の子供たちが、どうやって生き延びていけるというのだろう。中学生、高校生には、1人で自立して生きていくだけの力がない。うまく行政や民間のセーフティーネットに引っかかればいいが、行政はコロナ禍で多忙を極めており、民間団体も活動が制限されていたため、こぼれ落ちてしまう人たちも多かった。
こうした子供たちを待っていたのは、社会に渦巻く汚らしい欲望だ。悪い大人たちからの売春や詐欺の誘い、一時の快楽を得るための違法薬物……。一度それらに手を出せば、あっという間に暗闇のどん底に落ちてしまう。
コロナ禍において、メディアが新宿歌舞伎町のビルの傍に大勢の若者たちが集まって路上で夜を過ごしているということをいく度も報じた。彼らの多くは、そんな家庭の犠牲者たちだ。劣悪な家庭環境から無我夢中で逃げ出したものの、右も左もわからないまま夜の街に流れ着き、欲望に絡めとられてしまっていたのである。
ただし、コロナ禍が見せたのは、暗澹たる現実だけではなかった。そこには、苦境の中でも前向きに生きる人たちのたくましい姿もあった。
コロナ禍によって飲食や娯楽などのサービスが大打撃を被ったのは先述の通りだ。企業や店の中には、時短営業や営業自粛を余儀なくされ、協力金でなんとか急場しのぎをしているところも少なくなかった。
私の知っている洋食レストランは、多くの従業員を雇っていたので協力金だけでは赤字だった。それでも店長は営業再開の日のために従業員を雇いつづけたばかりか、貯金を取り崩して生産元から食材を買いつづけた。
彼はこう言っていた。
「うちも苦しいけど、まだ協力金をもらえている。けど、生産者は同じように苦しいのに協力金をもらえていません。だからできる限りの手伝いはしたいのです」
店長は購入した食材を従業員に調理させ、それを児童養護施設に無償で配った。児童養護施設とは、虐待や死別などによって親と暮らせなくなった子供たちを受け入れているところだ。店長は児童養護施設の子供たちがコロナ禍で施設から出られない生活をしていると聞き、せめておいしいものを食べてほしいと思って届けたのだ。
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