店長の言葉だ。
「僕が通っていた小学校にも施設の子がいたんです。彼はずっと独りぼっちで、気がついたらグレてしまっていた。後にある事件を起こしたと聞いて、もっと僕ら同級生がかかわっていたら、彼の未来は違っただろうなとずっと反省していました。そんなことを思い出し、こんな時だからこそ、施設に暮らす子供たちに人の温かさやおいしい食事に触れてもらいたかったんです」
あるいは、こんなこともあった。
ある地域には、有名な子供食堂があった。ここでは週に一回、生活に困っている子供たちに食事をふるまうだけでなく、施設に招いて無料学習支援を行ったり、イベントを開催したりするなどしていた。
ところが、コロナ禍によって施設は、それら一連の活動の自粛を強いられた。代表者の女性は、このままでは困っている子供たちが孤立してしまうと危機感を抱いた。そこで希望を募り、新しいサービスを展開した。
その新サービスとは、子供たちと支援者を食べ物でつなぐという試みだった。子供食堂のスタッフが子供たちの家に食材を届け、オンラインで料理教室を開いて、家族の人数×2倍のお弁当をつくる。そして余ったお弁当をスタッフが回収し、それを子供食堂の支援者のもとへ届けるのだ。
代表者の女性はこう言っていた。
「目的は2つありました。1つは、子供たちにお弁当作りを通して楽しんでもらうこと。2つ目は、人のために何かをすることで、子供たちに自己肯定感を膨らましてほしかったのです。支援者は子供たちからお弁当をもらって『ありがとう』とか『おいしかった』と反応してくれます。それが子供たちの『やってよかった』という思いにつながるのです」
自営業を営む支援者の中には、コロナ禍で事業が厳しい状態になった人もいた。その人は弁当をつくってくれた子供たちに「支援していた時には、まさかこんな風に君たちに励ましてもらえると思っていなかった。君たちとかかわれたのは最高の喜びです」とつたえてきたという。
すでに本書を読んだ君たちなら、今の日本に何が必要かがわかるだろう。
現在、社会の中で格差は途方もなく拡大し、その負のスピードは緩まることを知らない。今後もそうした傾向はつづくはずだ。
しかし、そんな状況だからこそ、必要とされるのは、人々の他者を思い、行動する力である。マザー・テレサの言葉でいえば、100人に食料を与えられなくても、1人に与えるという行動だ。
個人にできる行為は、小さいかもしれない。だが、それをした人、された人、双方がともに得られるのは人生を切り開いていくために必要な自己肯定感だ。人に大切に思われているのだという気持ち、自分も社会に貢献するのだという気持ち、未来を良くしていくのだという気持ち、そうしたものが人々の中で育っていくことこそが、格差を乗り越え、社会を輝くものにしていくのだ。
今の社会は、戦争、物価高、高齢化、気象変動など巨大な嵐にさらされている。
そんな嵐の中で、君は家に閉じこもって必死に財産をかき集めて過ごすのか。それとも勇気を振り絞って周囲の人たちと助け合って乗り越えようとするのか。
どちらを選ぶのも、君の自由だ。ただし、嵐が収まった時、前者と後者、それにその子供たちを待ち受けている未来はまったく異なることは明らかだ。
(「文庫版あとがき」より)
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