- 2022.12.22
- インタビュー・対談
貨幣、雇用、身体の未来に思いを馳せる――『メタバースと経済の未来』(井上智洋)を書いた理由
『メタバースと経済の未来』(井上 智洋)
出典 : #文春新書
ジャンル :
#政治・経済・ビジネス
2016年に刊行した『人工知能と経済の未来』から6年。経済学者の井上智洋さんが来たるべきメタバース社会を素描し、従来の資本主義とは異なる資本主義の到来を考える『メタバースと経済の未来』を上梓した。2022年は言葉で指示を与えるだけで画像やプログラムを作ってくれる「ステーブル・ディフュージョン」や、質問に文章で答えてくれる「ChatGPT」など、前著に書かれたAI進化の脅威がニュースになった年でもあった。今後、どんな社会が待っているのか。
「最近のAIをめぐる進歩には驚かされます。ChatGPTのような言語モデルに言葉で指示を与えると文章を書いてくれたり、プログラムを作ってくれたりします。ステーブル・ディフュージョンのような画像生成AIは、言葉で指示を出すと相応の画像を生成してくれます。そうしたAIは人間のようにものを考えているわけではないのですが、それでもまともな文章を書いたり、画像を生成したりしています。2016年頃に私が考えていた以上に、汎用AI(人間並みに様々なタスクをこなせるAI)の実現に向けてすごい勢いで進歩しているように思います。汎用AIにまで至らなくても、今の画像生成AIが普及するだけでもデザイナーやイラストレーターの雇用が減る可能性があります。言語モデルの普及によって、研究者やジャーナリストがいらなくなるという声も聞きますが、その可能性は今のところ低いでしょう。ただ、驚異的なことは間違いありませんし、未来にはどうなるか分かりません」
井上さん自身は、このAIの進化とメタバースが双対で進む未来像を考えている。
「人間の頭脳の代替をするのがAIで、この世界や環境、つまり実空間の代替を果たすのがメタバースだと考えています。AIとメタバースはいろんな意味で相性がいい。例えばアバターを人間ではなくAIが操作するAIアバターも考えられますし、メタバース内のワールドを人間がデザインするのではなく、AIが自動生成するというような未来も考えられます。
今はまだ、日本におけるメタバースはビジネス的なバズワードにとどまっていて、ビジネパーソンたちが仕事に絡めなければいけないとか、知っておかなければいけないといった何か強迫観念として捉えていると思います。実際に、ARやVRを肯定的に捉えている人の数は、主要国の中で日本がいちばん低い。でも逆に、日本人は一度火が付くと我も我もと一斉に飛びつくこともあるので、今後そういった局面がやってくる可能性もあると思っています」
日本におけるメタバース普及において鍵を握るのが、本書の帯文を寄せている、メタバース文化エバンジェリストのバーチャル美少女ねむさんだと井上さんは言う。政府のメタバース政策研究会にアバターとして出席したり、地上波のテレビにも進出するなど、各所でメタバースの魅力を語っているねむさんとの出会いが、井上さんに本書を書かせたそものきっかけでもあった。
「メタバース内にいるねむさんと対談をしたのが初めての出会いで、その時私は、メタバースが普及する未来を確信しました。ねむさんは、メタバース内で本を読んだり、自分の本を他の人たちにあげたりできると言っていました。そういう話を聞くとメタバースが世界を劇的に変えると思わざるを得ないです。人から紙の本をもらって嬉しくても、電子書籍には物質感がないから、人にあげたり、共有したりする喜びはなかったと思うんです。でも、メタバース空間では、デジタルなのに書籍を人に渡すことができる。つまり、一回、物質性を失って平面的で無機質になった電子書籍というものが、再び物質性を獲得して立体的になるわけです。
例えばKindleリーダーには自分の保有している本の表紙が平面的に並んでいるだけですが、メタバース内のバーチャル本屋さんやバーチャル図書館が実現すれば、立体的に本を閲覧できるようになる。しかも、本好きな人はたくさんの本を書棚にしまうことできないという本の収納問題に悩まされていますが、自分の書庫をメタバース内に持てたら解決できますよね。メタバースは空間が無限なので、自分専用のバーチャル巨大書庫を持つこともできます。読書好きな人ほどメタバースに興味がないという傾向がありそうですが、むしろそういう人にとってこそ、メタバース内で夢のような世界が実現するかもしれないのです。ネット上に本屋さんを作ってメタバースに対応にしたら、Amazonを超えられるかもしれません(笑)」
さらに井上さんは、技術の進化や普及は何も人間にとっての脅威というだけではなく、別の可能性を秘めていると考えている。
「例えば、今でもSuicaを使わずに、その都度切符を買って電車に乗るご高齢の方がいたりしますが、実はいったん使い方を覚えればSuicaの方が楽なはずです。新しい技術を使うのは面倒かもしれませんが、弱者こそがその恩恵を受けられることが多いのです。メタバース空間でVR体験ができれば、体が動かない寝たきりになってしまった状態でも、別の空間に身を投じることで楽しみが得られるような未来が考えられます。技術が進むことで弱者の切り捨てが進むという指摘もありますが、技術の進歩で恩恵を受けるのは実は、高齢者や障碍者、心の病を抱えている人など、最も弱い立場に置かれている人ではないかと思います」
日本経済の閉塞感を突破する上でのメタバースの重要性を語った終章も読みどころだ。ぜひ、本書を読んで貨幣や雇用、身体の未来に思いを馳せてみてほしい。
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