- 2023.03.23
- 書評
親が対応できる問題、専門機関に相談すべき問題
文:渡辺 久子 (児童精神科医/元慶應義塾大学病院小児科)
『10代の脳 反抗期と思春期の子どもにどう対処するか』(フランシス・ジェンセン)
この本は、思春期の子どもを持つ親にとって目からうろこの本と言えるでしょう。
思春期、反抗期に、これまで親子仲良く順調に暮らしてきたはずのわが子が豹変し、暴言を吐き、煙草や飲酒に走り、信じられないような無軌道なことをして怪我をしたりする。「死ね」とわが子に言われ、これまでの自分の子育てや人生はいったいなんだったのか、と途方にくれる、それが反抗期、思春期の子どもを持った親の深刻な悩みです。
そして、自分の子育てのどこが間違っていたのだろうと自分を責めて、苦しい思いをしている方も多いと思います。
しかし、この本は、この15年間に急速に進んだ10代の脳に関する研究を紹介し、こう書くのです。そもそも、脳が完全に完成するのは30歳になったぐらいである。それまで脳はゆっくりと成長する。特に最後に成長が完成するのは、様々な感情をコントロールし抑制する前頭葉である。このガードが外れた状態で、10代の脳は急速に成長する。そこで、反復練習が重要な技術の習得(スポーツ)や学習に適している一方で、様々な刺激に中毒になりやすく、怒りをつかさどる扁桃体の制御がうまくいかないために、問題行動が起きる。
こうした因果関係がわかるだけで、「わが子がまったく別人になってしまった」と嘆く親は冷静さをとりもどし、落ちついて問題に対処する気持ちになる、そんな本です。
本書の特筆すべきところは、著者のフランシス・ジェンセン先生が脳科学の専門家であると同時に、育児に悩んだ普通の母親でもあり、その経験に基づいた本だということでしょう。
ジェンセン先生はボストン小児病院でてんかんやADHDの子どもを診療していた女医で、ハーバード・メディカルスクールで神経学の教授をつとめた科学者でもあります。現在はペンシルベニア大学教授として、診療のかたわら学生の指導も行い、脳と病気の因果関係についての研究論文も数多く発表しています。
そして、シングルマザーとしてアンドリューとウィルというふたりの男児を育て上げた母親でもあるのです。
ジェンセン先生は、思春期に関する新たな論文を読めば読むほど、おとなの脳と10代の脳は異なっているのに、研究者が知る新たな情報が、実際の10代の親に届いていないということに気づきます。序文に書かれているとおり「情報を求めているのは、単なる傍観者ではない。実際にティーンに腹を立て、イライラし、当惑している親や保護者、それに教育者なのだ」。そこで、自ら初めて一般読者向けに書いたのが本書というわけです。
私は、50年にわたって児童精神科医として多くの子どもを診てきました。2014年まで勤務していた慶應大学病院の小児科では、毎年のべ2000人以上を診察し、常勤は退いて渡邊醫院で変則的に診療する今でも、200~300人の子どもを受け持っています。
そこで日本の児童精神科医という立場から、本書をどう読めばいいか考えてみたいと思います。
私たち児童精神科医には、小児科医から「これは専門家でないと難しい」と判断された患者が紹介でつれてこられます。思春期やせ症、ひきこもり、抑うつ、暴力・反抗などの問題行動などふつうの対応では解決できない激しいケースです。
50年間診ていて感じるのは、全体的な傾向として思春期の問題が増加し複雑化していることです。統計ではなかなか現れにくいのですが、厚労省の資料では児童・思春期の精神疾患の外来患者数が15年以上増加傾向にあったり、思春期外来を設ける施設も増えています。
さて、では、専門的な相談が必要なような深刻なケースに、児童精神科医はどう対応しているのでしょうか。
1.子どもへの対応
1)悪循環をほぐす
多くの問題行動は悪循環に陥ったために受診に至る。その悪循環は、父母関係、家族関係だけでなく、学校の集団での関係にも及ぶことが多い。するとたとえば、母親はわが子の問題にうろたえ孤立しつつ、過去の生活における父親の無理解に恨みや怒りが向き、夫婦の離婚の危機などに波及していく。
2)子どもとの治療同盟
その子の健康な自我と同盟を結ぶ。児童精神科の治療では子どもと医者の信頼関係が要。できるだけありのままの気持ちを語って欲しいと語りかけ、発言の秘密は守ることを約束し、わかりやすく悪循環の弊害を話す。
3)診察のルールを決める
治療の出発点で子どもと話し合いルールを決め、治療の構造を明確にする。
4)日常生活をみなおす
過密スケジュールの改善、生体リズムの再確立(睡眠、覚醒、食事のリズム)、インターネットやゲームの時間制限など自分と向き合う態勢づくり。
5)問題にはそこに至るまでの訳やいきさつがあり理解が大切である
「悪いことをしていないのに誤解されたら怒りたくなる。親から頭ごなしにいわれたらキレる。でも、包丁を振り回しても何も伝わらない。なんとか言葉にしてみよう」と。行動化から言語化へと導く。