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親が対応できる問題、専門機関に相談すべき問題

親が対応できる問題、専門機関に相談すべき問題

文:渡辺 久子 (児童精神科医/元慶應義塾大学病院小児科)

『10代の脳 反抗期と思春期の子どもにどう対処するか』(フランシス・ジェンセン)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

2.家族への対応

 親への試し行動:思春期の子どもは寂しく孤独になる瞬間、ふと見捨てられる不安を親にぶつけて試す。親がおどおどして子どもにふりまわされると、子どもの激情はエスカレートする。父母、教師、治療チームが緊密な連携により、子どもの自己破壊的な不安や怒りを鎮め、健全な自我との同盟を組む。そのためには子どもの複雑な「試し行動」の脅しにのらない、攻撃的言動や懐柔にふりまわされない。ネガティビズム(拒絶的言動)の奥の、本当に信頼できる存在に出会いたい願いに答える。

 とくに母親には、あなたの育て方のせいとは誰もいっていないのでくれぐれも罪悪感をもたぬように、と支える。診察には早い段階でできるだけ父親を呼びいれ、思春期の子どもの問題行動によりどの親も傷つくが、これは社会に一つの人格を産みだすための「心の陣痛」と思いましょう、と励ます。親の役割を強化し、父母が一枚岩となってわが子の本音と向き合う。わが子の攻撃的な言動を肌で受けとめその存在の苦しみを肌で受けとめることこそ、社会にわが子を産みだす「心の陣痛」に匹敵する。

 思春期にもう一度育てなおすつもりで、親が子どもを受けとめる。親の受けとめる姿勢ができると子どもは本音を表出しはじめる。根深い問題、乳幼児期からの自我発達不全が思春期に露呈することも多い。思春期の脳の発達スパート期に、新しい治療的関係、環境、体験により、今まで生きてきた年月を振り返り、内省し、新しい家族関係、自己発見をしなおす。

 

3.学校への対応

 学校は親とともにその子の日々の様子を把握している。早期より学校とは緊密に連携し、適切な対応をする。

 

4.投薬

 思春期の症状や問題行動では、状態がエスカレートし急性錯乱状態に陥ったり精神病に発展するリスクがある。その場合には、すみやかに対人刺激を取り除き、向精神薬により鎮静をはかる。しかしまず、子どもとよく話しあい、わかりやすく説明し、子どもの気持ちを十分にくんで子どもの不信をあおらぬよう本人の同意を得る。「薬は料理にたとえればあくまでも塩・胡椒のようなもの。でもこの苛立ちと不眠はますます君を苦しめるので使ってみよう。君に役に立つかどうかを君が私たちに教えてほしい」と。

 

病院や相談機関に行くべきかどうかの判断

 さて、ここまで読んできた方には、本だけではどうにもわが子の問題は解決できそうにない、病院にいくしかない、と考える方もいるかと思います。

 医療機関の介入なしに親の力で解決できる思春期の問題と、医療機関などに相談した方がよい問題をどう見分ければよいでしょうか?

 ひとつの基準は、子ども自身がその行動や症状によってどれくらい困っているかどうかです。

 たとえば家庭内暴力も、偶発的に手が出てしまったようなケースは、親が落ちついて様子をみましょう。しつこくからんできたり何度も繰り返しエスカレートする暴力は、相談機関の介入が必要でしょう。

 自傷行為などもこの基準でよいでしょう。不登校など「いじめ」が原因とはっきりわかっているケースとそうでないケースがあります。後者は鬱病などがあるといけないので、医療機関を受診したほうがよいということになります。

 そうは言っても、そうした専門医を知らないという方も多いと思います。

 そこでアドバイスしたいのが、家庭医やかかりつけの小児科医を持ちなさい、ということです。

 子どもの心は体と一体。そして現在の健康状態は小さいころからその子を身近に診てきた小児科医が一番適切な判断をするものです。普段から家庭医やかかりつけの小児科医に子どもを診てもらうことです。そして、もしも専門的に対応すべき兆候があれば、家庭医から専門医を紹介してもらうのが一番よいのです。

 地域のお医者さんで、小児科と内科の看板を出している医院。お子さんが女の子なら、女医さんがいるところがよいでしょうね。地域のコミュニティとのつながりをもつことにも通じます。

 

 本書の優れているところは、煙草や飲酒などの嗜好品がなぜ10代によくないのかということを、はっきりデータを示して提示してあるところです。若い時期の飲酒や喫煙が、後のIQの低下につながるなどの信頼すべきデータを提示し、だからそうしたものからは遠ざけておくことの必要性を語っているのです。

 性感染症の問題も同様で、リスクコントロールがうまくいかない10代の脳は、避妊具を使わない不特定多数のセックスなどに走ってしまうことがあり、しかしその結果は悲惨であることを、きちんと語っていることです。この性感染症の問題は、日本でもたいへん深刻で、この本のように因果関係をはっきり示して子どもとともに考えるということが必要です。

 

 おそらくこの本を手にとった方は、かつてのジェンセン先生のように、子どもの「問題行動」に途方にくれている方でしょう。しかし、ゆっくり息をすって、ジェンセン先生のように近所や友人の力も借りながら、目を離さず、手は離して、子どもたちに接してあげてください。

 やがて、アンドリューが、量子物理学で修士号を取得し、医学部の博士課程にいるように、あるいは、ウィルがハーバード大学を卒業し、ニューヨークシティでビジネスコンサルタントをしているように、今の苦労が笑い話となる日がくることでしょう。

文春文庫
10代の脳
反抗期と思春期の子どもにどう対処するか
フランシス・ジェンセン 野中香方子 エイミー・エリス・ナット

定価:858円(税込)発売日:2023年03月08日

電子書籍
10代の脳
反抗期と思春期の子どもにどう対処するか
フランシス・ジェンセン 野中香方子 エイミー・エリス・ナット

発売日:2023年03月08日

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