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日本史の「黒幕」16人をクローズアップ。この国の権力構造の歴史を暴く!

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

黒幕の日本史

本郷和人

黒幕の日本史

本郷和人

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『黒幕の日本史』(本郷 和人)

 この本は「黒幕」というものを通して、日本の歴史を考える本です。では、「黒幕」とは何か、という話になるのですが、これがなかなか難しい。

 あるとき思い立って、英語で「黒幕」は何というのか、調べたことがあります。いくつかの和英辞典を引くと、まず出てくるのは、「black curtain」。これは本当に「黒い幕」ですね。次に「背後で糸を引く人」として「wirepuller」が挙げられている。なるほど、wire(針金)をpull(引く)わけですが、あまり聞いたことのない単語です。ほかに何かないかと考えていて、ぱっと浮かんできたのが「フィクサー」ですが、手元にあった辞書では「fixer」は、エアコンとか屋根とかの「取り付け屋」となっていました。さらにいくつか当たってみると、「fix」には俗語で「八百長」「買収」の意味があり、それを行う人が「fixer」。我々が日常使う「フィクサー」よりもだいぶ小粒な印象です。つまり、英語社会には、日本語の「黒幕」にぴったり当てはまる言葉はないらしい。

 そこで芸のない話ですが、広辞苑で「黒幕」を引くと、まず芝居などの黒い幕の説明がなされたあと、次に「かげにあって画策したり指図したりする人」となっていました。確かにそうなのでしょうが、あまりにも漠然としています(辞書なので、仕方ないのですが)。日本の歴史に戻って考えると、この「かげ」とはどこなのか、という問いが生まれてきます。

 世の中をオモテとウラに分けると、当然、「黒幕」はオモテの存在ではない。では、日本史のなかで、もっといえば政治権力の場で考えたときに、「オモテ」に当たるのはなんでしょうか。

 まず朝廷ならば天皇、幕府ならば将軍という答えが考えられます。しかし、実はここからすでに怪しい。名実ともにオモテの存在であるはずの天皇や将軍が実権を握っていないケースは、日本の歴史においては半ば常態となってしまうからです。平安時代の摂関政治、それに続く院政では、摂関家や上皇など、いずれも天皇以外の人が最高権力者として君臨しました。武家政権になっても、鎌倉幕府では、源氏将軍は三代しか続かず、それを補佐する執権の北条氏がトップに立ちます。ずっと時代が下って、明治の元老政治もそうでしょう。

 そこで少し基準を緩めて、天皇を代行する摂政・関白や、幕府のリーダーとしての執権は、まだオモテの存在として認めるとしても、ここでもズレが生じます。その典型例が鎌倉幕府で、北条氏の支配が続く中、執権よりも、北条本家(得宗家)の家長が決定権を持つようになるのです。

 ポスト(地位)と実権が必ずしも一致しない。これは日本の歴史の大きな特徴です。これまでの著作でも強調してきましたが、日本では「地位よりも人」。天皇だから、将軍だから偉いのではない。たとえば豊臣秀吉は、甥の秀次に関白の座を譲りましたが、依然として最高権力者は秀吉です。徳川家康も同様で、一六〇三年に征夷大将軍になった二年後には、もう息子の秀忠に継がせて、自分は駿府で隠居する。しかし、隠居である家康がトップであることに変わりはありません。

 このように、地位と実権が別々である状態は、黒幕的な存在を生みやすいといえます。なぜなら、天皇にせよ、将軍にせよ、オモテの人々は、朝廷や幕府といったオモテの組織が支えているからです。それは朝廷ならば律令などのルールを持ち、序列化されたスタッフを抱え、正統な権力システムとして、一応は機能していました。たとえば太政大臣、左大臣、右大臣をはじめとする官人たちは、すべて天皇のためのスタッフです。そこには厳格な身分の秩序があり、出世のコースなどもほぼ決まっていました。

 しかし、上皇は、そうした天皇を中心とする朝廷の秩序に必ずしも従う必要はないのです。だから、上皇の恣意的な寵愛によって、大きな権限を持つ者も出てきます。

 こうしたオモテの秩序(律令に基づく朝廷システムなど)が後退する時代には、地位(官職)とは関係なく、ウラの存在、すなわち「黒幕」が活躍するのです。

 私たちが日常的に使っている「黒幕」は、オモテに顔を見せることなく、ウラからオモテを操って、意のままに権力をふるう、というイメージでしょう。本書では、そうした「ウラの存在でありながらオモテを動かした人物」だけでなく、「地位と実権、実績に大きなズレのある人」、「重要な役割を果たしたが目立たない存在」にも、光をあてていきたいと考えています。


 この本には、さまざまなタイプの「黒幕」が登場します。

 その黒幕が活躍している当時から、「あいつが黒幕だ」「あいつが陰で何でも決めている」とよく知られていた人がいます。有名な黒幕、という矛盾した存在ですが、平安時代の終わり、後白河天皇の側近として力をふるった信西などは、そうした人物でしょう。彼については後に詳しく述べますが、僧侶の身である信西は、朝廷の正式な役職に就くことなく、政治を切り盛りします。そのために、平治の乱(一一六〇年)で襲撃され、命を落としてしまうのです。

 一方、後世になってみると、時代を変える大きな役割を果たしたことがわかる人物がいます。たとえば鎌倉幕府の初期に、源頼朝を支えた中原親能。ちかよし、と読みますが、どんな人物かすぐには浮かばない人も少なくないでしょう。ご心配なく。彼の章もちゃんと用意してあります。中原親能なしには鎌倉幕府は成り立たなかった──そういうと大げさなようですが、本当の話です。頼朝がつくった政権と、その前後に地方で勢力をふるった武士たちの違いは何だったのか。そこでカギを握るのが、中原親能なのです。

 さらに、重要な役割を果たしているのに、後世、あまり注目されてこなかった存在も、ここでは「黒幕」として紹介します。いわば「過小評価されてきた黒幕」。そうした人物に光をあてるのが、私たち歴史研究者の使命でもある。私がずっと注目しているのは、細川頼之です。足利義満の時代、将軍に次ぐ管領を務めていますから、陰の存在とはいえない。しかし、彼が朝廷と武家とを統合するという新体制を構想し、実現させた張本人である、と唱えているのは、私くらいかもしれません。

 もっと気の毒な「黒幕」としては、歴史を振り返ったときに大きな仕事をしているのに、当時ですら高い評価が得られなかった、というケースもあります。本書で取り上げたのは、徳川家康の関東支配を支えた伊奈忠次や大久保長安ら実務官僚です。特に伊奈は後に天下の地となる江戸の整備に大きく貢献し、いち早く民政に取り組んだ先駆者でもありました。しかし、その功績に比して、徳川政権での地位、待遇は高くないのです。いわば「不遇な黒幕」といえるでしょうか。

「意外な黒幕」も登場します。歴史上、広く名が知られているが、実は、隠れたところで仕事をしていた、というケースです。本書では、高山右近がこのカテゴリーに入るでしょう。織田信長、豊臣秀吉に仕え、最後はキリスト教の信仰を捨てずに国外追放になる、といった派手な生涯を送り、歴史小説や映画・ドラマでも取り上げられることが多い人気の武将ですが、実は、徳川幕府の成立前夜、ある大きな「仕事」を果たした、と私は考えています。この「仕事」は、史料などにはっきりとは記されていません。

 ここが「黒幕」を論じる難しさのひとつです。オモテの史料には出てこない、しかし、状況証拠を丹念に追うと、歴史の謎が見えてくる。こうした「仮説」を立てる作業は、ともすれば「陰謀史観」として批判されがちですが、歴史上のすべてが史料に記されているわけではありません。特に機微に触れるものほど、隠されている部分があると疑うべきです。高山右近についての私の「仮説」が成り立つか否か、お楽しみいただければと思います。

 実は、最後に論じる西郷隆盛も、この「意外な黒幕」に属します。誠実そのもののように描かれることの多い西郷どんのどこが「黒幕」なのか。これも読んでのお楽しみです。

「黒幕」のあり方を知ると、その時代の権力の仕組み、日本社会がどのような力学で動いてきたか、がよく分かります。本書では、十六人の「黒幕」を紹介しながら、日本の歴史を新しい角度から見ていきたいと思います。


「はじめにより」

文春新書
黒幕の日本史
本郷和人

定価:902円(税込)発売日:2023年04月20日

電子書籍
黒幕の日本史
本郷和人

発売日:2023年04月20日

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