- 2023.06.19
- インタビュー・対談
AIが人間とおしゃべりする方法がこれでわかる!? 話題の科学本『会話の科学』の魅力を翻訳者が語る(夏目大)
聞き手:翻訳出版編集部
『会話の科学』(ニック・エンフィールド/夏目 大訳)
ジャンル :
#ノンフィクション
文法を中心に考えてきたこれまでの主流言語学が見落としてきた「会話」のシステムに迫って、話題を呼んでいる『会話の科学 あなたはなぜ「え?」と言ってしまうのか』。「ゴリゴリ」の言語学のサイエンス本であるにもかかわらず、意外にも、話題のChatGPTをはじめとするAIや自然言語処理にかかわる読者の注目も集めているという。ありそうでなかった本書の魅力について、訳者の夏目大さんに聞いた。
「この本は、ひと言で言ってしまえば、これまでの言語学では音声のナマの会話があまり注目されていなかったよ、という話なんですよね。私も大学では英文学科で言語学の授業もあり、ノーム・チョムスキーの生成文法なんかはうろ覚えですが(笑)興味はあったので、面白いなと思いました」
著者のニック・エンフィールドらは世界中の音声会話データの研究から、「会話の応答時間は平均0.2秒」、「会話中に耐えられる沈黙は最大1秒」、「沈黙が0.5秒を超えると聞き手はネガティブな回答を予測する」といった、意外な事実を明らかにしていく。
「エンフィールドさんがやっているのは、会話分析研究というジャンルなんですね。言語学では傍流というのもそうなんですが、面白いのは他の学問の成果を援用しなければいけないこと。言語学のつもりではなく行われた、動物行動学とか心理学とか、そういう研究のデータが役立つことが多いと。たとえば本書でも、フクロテナガザルの鳴き交わしやボノボの母子のやり取りといったコミュニケーションのデータを人間の会話と比較したりします。
もちろん、著者が研究しているのは人間の会話そのものなので、収集しているデータの例として、英語圏の電話による会話の録音がたくさん出てくるんです。これが、背景がわからないからものすごく訳しにくい(笑)。訳者としては、そこを開き直るまでが大変でした」
リアルな会話と説明ゼリフ
会話を文章に直すと、つい理路整然とおしゃべりが進んでいたようにしてしまいがちである(このインタビュー原稿もそうだ)。しかしもちろん電話もそうだが、実際の会話では、人間は口ごもったり「あー」「あ?」「え?」などの言葉を発したり、同じ言葉を繰り返したりしながら高速でやり取りを成り立たせている。
本書では誰もが無意識に行っている会話のルールが可視化されていく。それを意識すると、世界の見え方が変わってくる、と夏目さんは言う。
「たとえば映画やドラマで、説明的なセリフがありますよね。視聴者が知らない情報をいかにうまく演者に説明させるか。それをまったくしないでリアルに話させると、逆にウソっぽくなったりもする。
僕の大好きな地元横浜ネタで言うと『私立探偵 濱マイク』という作品があって、主人公の決めゼリフは“俺は私立探偵、濱マイク。本名だ。困ったときには、いつでも来なよ”というんです。開始3秒くらいで“俺の名前は濱マイク”みたいなことを言う。そんなしゃべり方する人いませんよね。でも、それが毎回繰り返されると面白い。
逆説的ですが、リアルな会話の進み方を意識すると、こういう極端な説明ゼリフが、普通の会話では本当はあり得ないしゃべり方だからこそ面白いんだということがわかります。
あるいは、“沈黙が0.5秒より長くなると、応答者は気が進まないのかなと思う”という事実も、映像作品などで生かされていると思うんです。1秒黙ってしまうと、もうかなり居心地が悪くなってしまうんだけれど、0.7秒なら、何か含むところがあるのかなと思わせることができる、とかね。それは監督や俳優が経験則から演技しているんでしょうが、実はそこにも理屈があったのか、と」
なぜ言語学がAI界隈で話題に?
そんな人間の「会話という技術」が話題になっているのが、意外なことにいわゆるAI業界なのだという。ChatGPTのブレイクで、AIが自然なテキストで回答できるようになりつつあると一般にも知れ渡ったが、そうした「自然言語処理」技術をさらに音声会話に実装しようとすると、本書が教えてくれる知見が非常に役に立つのだとか。
「これは言われてみればまさにそうで。僕もすぐに、チューリング・テストを連想しました。画面上でテキストの会話を交わしている相手が人間か機械かを判別させるというやつです。ChatGPTはそこに挑んでいる面もあると思いますが、会話版のチューリング・テストをするなら、この本にはまさにそのコツが書いてあるといえますよね。
たとえば肯定的な返事をするならやみくもに0.5秒以内にとにかく答える、否定的なことを言うなら延ばしてみる、というアルゴリズムを組めば、絶対合格できるとは言えないにしても、それだけでかなりバレにくくなるんじゃないかな、なんてことを考えました。
おそらく、ただChatGPTが考えた回答を一定のタイミングで読み上げるだけだと、会話をしている感じは得られない。話しかけると返事をしてくれるおもちゃなんかもありますが、実際まだまだですよね。そこを克服して実際の会話に近づけたいという人にとって、この本は定量的に会話を分析しているというところがいいのかもしれませんね。
僕がもう一つ連想したのは“ゆっくり解説”で。合成音声で、いろんな分野の解説や検証をする動画なんですが、たとえばそれでローマ史とかイギリス史を語るような番組を聴くと、なぜか生の声より合成音声のほうが聴きやすいんですよね。
たぶん、ただ客観的な事実だけを勉強したいときに人間の声でしゃべられると、何か主義主張みたいなものがあるんじゃないか、と感じてしまうというか。それこそ会話しているみたいな気持ちになってしまわないほうが向いている場合もあるのかな、と思うんですよ」
人間の本性を知ることができる書
会話は超高度な認知能力を使った共同作業だということが本書からはよくわかる。そしてそれだけ人間は会話が大好きなのだということも。夏目さんは、「会話をうまくいかせたくなってしまう」人間の性質を知ることの重要性を感じたという。
「この本のオビには“人間の本性がわかる”という趣旨のキャッチをつけてもらいましたけれど、この“ほんしょう”でなく“ほんせい”ですよね、まさに。人間は会話で何か成果をあげることより、何か楽しくスムーズに会話することが面白くなってしまうというどうしようもなさがある、ということがわかる本だなあと。
あとがきにも書きましたが、本書を読むと、人間は会話を通じて他人とともに生きる生物なんだなということが改めて実感されます。社会性のある動物はけっこうそうなりやすいらしいんですが、サルの毛づくろいとか虫を取ってやるとかの行動で、本来の目的と手段が入れ替わって、毛づくろいそのものが目的化することがある。人間の会話も、会話自体が目的化することがある。
本来そこに善悪はないはずですが、本のなかに、アメリカのダン・クエール元副大統領が質問の論点を微妙にずらして、自分の言いたいことだけを答えるという例が出てきます。話している内容がおかしくても、会話のルールを守って、答えるタイミングや相槌みたいなもので気持ちよく会話を進めれば、様々なことがごまかせちゃう。
政治家から身近な人まで、いろいろな人が思い浮かぶと思いますけれど(笑)、ともかくそうやって、会話についての人間の性質を利用している人もいるのかもしれない。そういうことを知っておく、というのはこの本のひとつの大事な意味なんじゃないでしょうか」
夏目大(なつめ・だい)
翻訳家。『因果推論の科学』(ジューディア・パール、文藝春秋)、『ネットリンチで人生を破壊された人たち』(ジョン・ロンソン、光文社)、『デマの影響力』(シナン・アラル、ダイヤモンド社)、『南極探検とペンギン』(ロイド・スペンサー・デイヴィス、青土社)、『エルヴィス・コステロ自伝』(エルヴィス・コステロ、亜紀書房)、『タコの心身問題』(ピーター・ゴドフリー=スミス、みすず書房)ほか訳書多数。
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