- 2023.07.28
- 文春オンライン
千のギャグを持つ男・Yes! アキトが、松本清張賞受賞作『ノウイットオール』を読んだ! 感想を一言でいうならば!?
「第二文芸」編集部
『ノウイットオール あなただけが知っている』(森 バジル)
第30回松本清張賞受賞作『ノウイットオール あなただけが知っている』は、選考会で「これは選考委員への挑戦状だ」とされ、激しい議論の末、選ばれた問題作だ。
著者の森バジルによると、この小説の第2章ラストシーンの着想は、ある人気お笑いユニットのネタから得られた、という。張本人である、Yes! アキトを直撃した。
◆◆◆
「森バジルさんという作家さんが、そうおっしゃっているんですか? だから、読ませていただきましたよ。〈イチウケ!〉というM-1優勝を目指す、高校生の男女の話のラストシーンが、僕らのトリオ『怪奇!YesどんぐりRPG』の単独ライブをみて思いついた、と。芸人の世界は、こんなにキラキラしていないです! それに、生々しくてリアリティがありすぎます(笑)。ただ、忘れちゃいけない大切なことを思い出させてくれた小説でしたね」
今作『ノウイットオール』は、同じ街・同じ時代を舞台にした、5つの異なるジャンルの短編からなる「1つの物語」だ。
その第2章〈イチウケ!〉の主人公は、高校生漫才コンビ「ニケトロフィー」の土橋千尋と浅黄葉由。好きな女子を紹介するから、という理由で、お笑いの世界に誘われ、コンビを結成し、M-1グランプリ出場を目指していた。「高校生のうちに決勝へ」ということに猛烈にこだわる葉由。二人はぶつかりながらも練習を重ね、M-1に挑む。
「キラキラした葉由ちゃんと土橋君の話は、まさに青春ど真ん中でしたね。今の僕は、『ライブ会場にどれだけ多くのお客さんに来てもらうか』『テレビに出演したときに結果を出すか』『YouTubeの登録者数を増やすか』そんなことばかりを考えていますが、芸人になることを夢見ていた10代の頃のことを思い出しました」
「千のギャグを持つ男」の原点は
Yes! アキトは、北海道で過ごしていた中学時代から、お笑いコンビを組んで、芸人への道を夢みていたという。
「僕には兄が3人いるんですけれど、年が離れていて、物心がついたときには家に、僕とおばあちゃんしかいなかった。いつも椅子に座って、すこしぼんやりしているおばあちゃんを笑わせたくて、壁際にあったソファに駆け寄って、ポンっと手をついて、逆立ちをしたんです。すると、おばあちゃんが強烈な拍手をしてくれたんです。嬉しくて、またやる。そしたらまた拍手がくる。おばあちゃんは、まるで音に反応するフラワーロック人形ですよ(笑)。それがちょっと嬉しくてね、3時間くらいやってました」
「ダブルパチンコ」「餃子人間」「赤ちゃんの滝行」など、『千のギャグを持つ男』として、知られる異能のギャガーYes! アキトの原点だった。
「〈イチウケ!〉のなかで、主人公の葉由ちゃんが、どうしてお笑い芸人になりたいのか。なぜ高校生のうちに、M-1決勝に進みたいのか。その理由が、小説を読んでいても、ピンとこなかったんですよね。さっきはちょっと〈いい話〉みたいにしゃべりましたけれど、お笑い芸人を目指す理由って、金を稼ぎたい、女にもてたい、が多いと思うんです。
ところが、今回の高校生二人の話のラストの圧倒的な『美しさ』には、驚きました。こんなキラキラに輝いたラストがあるの? って。これを、怪奇!YesどんぐりRPGの単独ライブをみて、思いついたって、嘘でしょう(笑)。これから読む方に、言っときます。僕たちのライブとまったくちがいますからね」
「定食に勝手についてきたザーサイ」のような小説
第2章まで読んだYes! アキトは、一気に最後まで読み終えたという。
「『ノウイットオール』は、5つの短篇がぐちゃぐちゃに絡まって、あるお話から、枝が伸びて、それが忘れた頃に繋がって。ちょっと難しいなって思ったり、これがこうなるの? って、快楽を感じたり。まるで脳を構成するニューロン(神経細胞)みたいでしたよ。芸人が登場する小説だから、読みはじめましたけれど、第3章のSF小説とか、第4章の幻想小説とか普段なら読まない。たとえるなら、中華料理屋さんで、定食を頼んで、勝手についてきたザーサイがむちゃくちゃ美味しかった、というか。そんな一冊でした」
爆笑問題・太田光とスギちゃんへの感謝の気持ち
小説を読み終えたあと、思い出した先輩の言葉があるという。
「葉由ちゃんと土橋君は、なんども壁にぶち当たりますが、芸人の世界は、本当にそうなんです。そんなときに思い出すのは、先輩二人の言葉です。
一人は、爆笑問題の太田光さんです。2021年に『ツギクル芸人グランプリ』っていう大会に出て、2位になったんです。『負けた。やっぱりだめか』、と落ち込んでいたんですが、MCをしてくださっていた太田さんに挨拶に行くと、すれ違いざまに『実質、優勝だから』と言ってくださって。力をもらいましたね。
もう一人は、スギちゃんです。営業でいっしょになったときに、スギちゃんが『プレゼントコーナー』っていいながら、じゃんけんをして勝ったファンの方に、なにかを渡していたんです。ファンサービスがすごいなぁと思っていたら、スタッフの方が、『あれは家でいらなくなって捨てるモノを処分しているらしいよ』って教えてくれて。実際に見たんですが、もう覚えてないくらいどうでもいい〈ゴミみたいなもの〉を渡していて(笑)。
このときに、『構えなくたって、なんだっていいんだぞ!』ということを、背中で見せてくれた先輩スギちゃんには感謝をしています。あのときから、肩の力を抜いて、営業ができるようになった気がするんです」
この小説を一言でいうならば…
著者の森バジルは、お笑いが好きで、Yes! アキト、怪奇!YesどんぐりRPGのファンであるという。松本清張賞の選評では、選考委員の辻村深月さんが「抜群のきらめきに満ちていた『青春小説』パートは見事だった」と第2章を評価していた。Yes! アキトは続ける。
「芸人の世界の生々しさが、『ノウイットオール』には見事に描かれていましたね。お笑いを取り上げた小説って、なぜか、この世界の厳しい現実を描いたものが多いんです。又吉直樹さんの『火花』も、あさのあつこさんの『The MANZAI』も、ちょっと苦しい葛藤が描かれていますよね。でも、森バジルさんの小説は、とにかくキラキラしていて、そこも新鮮でしたね。この小説を一言でいうなら、『ダブルパチンコ』でしょうか」
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