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作家の羽休み――「第86回:老神温泉にて」

作家の羽休み――「第86回:老神温泉にて」

阿部 智里


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 私の故郷群馬については、これまでにも何度かコラムで取り上げてきました。

 曰く、関東最後の秘境だとか、夏は暑くて冬は寒いとか、実家周辺は虫が多すぎて風呂場でゲジゲジと死闘を繰り広げて育ったとか、登下校の際は赤城颪のせいで自転車が前に進まないまま静止していたとか、強風のせいで体育の授業が休みになったことがあるとか、畑の砂がマジでブリザード状態になり視界が閉ざされて犬の散歩で遭難しかけたとか。

 なんか後半はほぼ風の被害についてですしほとんど悪口ばっかりになっている気がするのですが、「これだから群馬は」みたいな顔をしつつ、私は群馬を愛しております。

 以前、「群馬の人ってどうして大切な地元のことをわざわざ悪く言うの!?」と県外の人に悲しそうな顔で言われ、「えっ!?」と動揺してしまったことがありました。いや、普通に「そういうのやめようよ!」と思っている群馬県民も当然いらっしゃるとは思うのですが、少なくとも私の周囲の群馬県民の間では「これだから群馬は」というのは結構鉄板のネタでして、一回火がつくとひとしきり盛り上がれる楽しい話題という扱いになっています。

(ちなみに、魔夜峰央先生漫画原作のかの名作映画『翔んで埼玉』(2019)のネタバレになりますが、作中の群馬の空にはプテラノドンが舞っており、それを見て大笑した県民は数知れど、激怒した県民というものを私は寡聞にして知りません。)

 「これだから群馬は」と言う人々が群馬を心底憎んでいるかと言ったら全くそんなことなくてですね、大切な家族である雑種犬が全速力で田んぼに突っ込んで行った経験を他人に語るに近いと言うか……愚痴の体でのろける部分がなきにしもあらずなのです。ある意味、群馬に対して絶対的な自信があるからこそ出来ていることなのかもしれないな、などと思っています。

 なんだかんだ言って、群馬には世界遺産もありますし、温泉もいっぱいあります。休みにちょっと温泉に行こうかということも可能でして、私もちょいちょい伊香保温泉に遊びに行ったり草津温泉に蕎麦を食べに行ったりしています。

 先日、仕事の関係で老神(おいがみ)温泉のお宿に一泊する機会がありました。

 老神温泉に宿泊したのはこれが初めてです。仕事のための前泊ですし、観光なども特に考えず、ただ食べて寝てお風呂に入れれば十分くらいの気持ちだったのですが、これが思いのほか贅沢で楽しい小旅行となりました。

 ネットで調べた時はアクセスが悪くて大変そう、と思ったのですが、東京から電車を使い、駅からは送迎バスをお願いすると、想像していたよりもずっと楽に到着しました。

 その時点では「思ってたよりも来やすいんだ~」くらいだったのですが、部屋に通されてびっくりしました。眺望がよくないという、一番安いお部屋を予約していたのですが、お値段の割に部屋は十畳とかなり広々としていて、窓は大きいしそこから見える緑は綺麗だしで、「これで眺望が悪いの!?」となりました。独り占め状態だった大浴場かけ流しの温泉の泉質は抜群で、夕食と朝食もよく考えられていて大変に美味しい!

 何より、お宿の人が皆さん親切で気持ちがよく、到着から翌朝のチェックアウトまで、ずーっと贅沢で穏やかな時間が続いたのでした。

 かつて文豪がわざわざ温泉宿に泊まって原稿を書いたという話を聞く度に「いや、逆に大変じゃない?」などと思っていたのですが、なるほどこういうお宿ならずっと泊まりたくなるのも分かりますな……となりました。

 これは群馬県民同士の気質が合っていて好ましく感じられるという部分も多分にあるかもしれませんが、個人的に、これまで泊まったことのある群馬の温泉宿のもてなし方には共通点があるように思います。丁寧だけれど肩肘張らなくて済むというか、一生懸命お客さんをもてなそうという気持ちと、慇懃無礼にならない親しみやすさが両立しているというか……。

 かつてテレビで特集されたものを見て「これって県民性だったん!?」と驚いたのですが、群馬県民はお客さんが自宅にやって来ると、帰り際に「いいから持ってけ!」とありったけのお土産を持たせようとする傾向があるそうです。このあたり、身に覚えがあると同時に、なんとなくお宿のもてなし方にも共通する部分があるよな~と感じています。

お部屋に差し込む美しい朝日(撮影・阿部さん)

 気軽に泊まって楽しめるという点で、群馬の温泉宿は非常におすすめです! 少なくとも、私は老神温泉にはまた折を見て羽を伸ばしに行くつもりでおります。

 ――と、「これだから群馬は」だけでなく、たまには故郷のいいところもプッシュしておこうと思います!


©阿部智里

阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。「八咫烏シリーズ」最新刊『追憶の烏』発売中。

【公式Twitter】 https://twitter.com/yatagarasu_abc

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