あなただけの「アートの旅」にご案内します――。
第14回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作家・一色さゆりさんによる『ユリイカの宝箱 アートの島と秘密の鍵』(文春文庫)が、1月4日に発売されました。
一色さんは東京藝術大学を卒業後、ギャラリー・美術館勤務を経て、『神の値段』『カンヴァスの恋人たち』「コンサバター」シリーズなどの数々のアート小説を手がけられています。新作の刊行を記念して、一色さんに本作の読みどころや、日本の美術館の魅力についてお伺いしました。
旅行の機会が減ったからこそ、旅の話を書きたくなった
――『ユリイカの宝箱』は、アートと旅がテーマになっていますね。本作の執筆経緯をお聞かせいただけますか?
編集さんとの打ち合わせの中で「日本全国のあちこちに面白い美術館や文化施設がある」という話になって、それだけ沢山の美術館があれば、色々な話ができるんじゃないか――という流れで、『ユリイカの宝箱』のお話ができました。
私は元々ギャラリーや美術館に勤務していたので、国内外の美術館に行く機会は多かったんです。もちろん出張なので、純粋な「旅」ではないのですが。
プライベートでも旅行は好きだけれど、ここ数年はコロナ禍もあって、そうこうしているうちに子どもができて生活がガラッと変わって、全く旅行をしていないんです。なので、逆に旅の話を書いてみたいと思い立ちました。
――では、一色さんも書きながら、ご自身で旅行をされている気分になりましたか?
はい、とても。この作品では全部で4つの地域を旅するのですが、中でも千葉県の佐倉市にある「DIC川村記念美術館」には私も行ったことがなくて。美術館のカタログを見たり、自分で調べたりしながら、完全に脳内で旅行していました。
――美術館の敷地内に生えている植物についても書かれていたので、てっきり現地に行かれたのかと思いました。
はい。すごく詳しくはなったんですけど……。憧れだけが高まっている状況です(笑)。
今まではアート業界で働く人を書いてきたけれど……
――主人公の優彩は、仕事を失ったばかりということもあって、ややネガティブ思考なのが印象的でした。一方、優彩のガイドを務める桐子は、アート業界に身を置いた経験もあって、仕事をテキパキとこなす女性です。二人の関係性が心地よかったです。
ありがとうございます。この作品は、読んだ人がちょっと背中を押されたり、元気を取り戻すような物語にしたいと思っていました。なので主人公の優彩も、最初から100%順風満帆ではなくて、より読者に近い目線で、悩みながらも立ち直っていく過程を描きたかったんです。
桐子は元々画廊で働いていたけれど、訳あって旅行会社に転職して、「アートの旅」のガイドとして働いている設定にしました。妊娠をきっかけに生活が変わったり、その変化に折り合いをつけたりする部分は、少しだけ自分と重なるところがあるかもしれません。
でも、私は桐子とは全然違うタイプです。忘れ物だらけだし、こんなにテキパキ仕事をこなせる自信がなくて(笑)。私は自分と小説を切り離すことが多いので、自分自身というよりは「桐子みたいな女性がいたらいいな」という気持ちで書きました。
――一色さんはこれまで、アートをテーマにした様々な小説を手がけられていますね。『ユリイカの宝箱』で挑戦されたことや、これまでの作品と違うところがあれば、お伺いしたいです。
これまではアート業界にいる人々を主人公にしていましたが、今回は「普段アートとはあまり縁のない人々」を中心に書きました。そんな人たちが旅先でアートに出会って、心を動かされる話を書きたかったんです。より多くの方に共感しやすいお話になっていると嬉しいです。
アート小説を書こうと思うと、「お仕事もの」になってしまうことが多いんです。美術館を舞台にしたとすると、主要キャラクターはどうしても学芸員やキュレーターになってしまって、仕事の話になってしまう。でも、アート小説の中に、さらに新しいジャンルがあってもいいんじゃないかと思います。
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