〈藝大出身の「このミス」受賞作家が挑戦する、新たな「アート小説」とは?〉から続く
あなただけの「アートの旅」にご案内します――。
第14回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作家・一色さゆりさんによる『ユリイカの宝箱 アートの島と秘密の鍵』(文春文庫)が、1月4日に発売されました。
一色さんは東京藝術大学を卒業後、ギャラリー・美術館勤務を経て、『神の値段』『カンヴァスの恋人たち』「コンサバター」シリーズなどの数々のアート小説を手がけられています。新作の刊行を記念して、一色さんに本作の読みどころや、日本の美術館の魅力についてお伺いしました。
旅行中に、母が突然泣き出して……
――『ユリイカの宝箱』で、一色さんが行ったことのある美術館はどちらでしょうか?
直島の地中美術館と、京都の河井寛次郎記念館と、安曇野の碌山美術館ですね。
中でも直島の地中美術館には、昔、母と行った時の記憶が強く残っています。当時の私はまだ高校生で、美術の道に進むことも考えていませんでした。
作中にも出てくるのですが、展示作品の「オープン・フィールド」(ジェームズ・タレル作)を見たときに、母が突然泣き始めたんです。普段の母は穏やかで、感情を大きく表現することがあまりなかったので、泣くところなんて生まれて初めて見るくらいで。きっと、心を揺さぶる何かがあったのだと思います。
「お母さんが泣いてる。どうしたんだろう」と、私も結構動揺しました。その原体験が、「アートの強さ」を小説で書けたらいいな、という思いに繋がっているのかもしれません。
母は「オープン・フィールド」に強い影響を受けたけれど、人によっては、直島にある他の美術館の作品が、心に強い印象を残すかもしれない。人によってアートの見方や感じ方が違うのも、興味深いと思います。
日本はとにかく美術館が多い!
――ありがとうございます。話していて、私もアートの旅に出てみたくなりました。
どの土地にも探せば美術館があるっていうのは、日本の面白いところだと思います。
昔から、日本はとにかく沢山「箱」がある国だなという印象があって。私が住んでる静岡県には、静岡市と浜松市に大きめの美術館があります。静岡市だけでも、県立と市立と私立があります。本当に「アートの旅」が組みやすい国だと思います。
――世界的に見ても、日本は美術館が多い国なのでしょうか?
そうだと思います。バブルの時代に一気に建ったんですよね。ただ、「箱」が増えた分、その業界の人たちは運営面での問題に直面しています。管理するにもお金がかかりますし……。ちょうどコロナ前くらいに、バブルに建った建物が一斉に老朽化して、美術館の改装ラッシュがありました。お客さん目線だと、沢山見るところがあるので楽しいんですけどね(笑)。
美術館を楽しく回るための3つのコツ
――なるほど。最後に、ギャラリー・美術館勤務経験のある一色さんに、美術館を回る中で心がけている楽しみ方や回るコツがありましたら、お聞きしたいです。
これは旅全般に言えることですが、歩きやすいスニーカーで回るのがおすすめです! おしゃれをしたくなる気持ちも分かるのですが、結構長時間を歩き回るので、履き慣れた靴がいいですね。
あとは、夏場に行く場合は、上着を持って行ったほうがいいかもしれません。以前、美術館に勤務していた時に来館者アンケートを職員間で共有していたんです。その半分くらいは、「寒い」「空調が効きすぎている」という意見で……。作品を保管するためには、人には多少寒いくらいの温度がちょうどいいんですよね。でも、これだけ毎月のように寒いと感じている人が多いというのは、衝撃でした。
あとは、そうですね……これは精神的な部分なのですが、時間と心に余裕をもつといいと思います。普通の旅行だと、観光地に足を運んだときとか、何かと写真を撮りますよね。でも、アートの旅だと、必ずしも写真を撮るのがそんなに重要じゃなかったりする。
自分の心の中でどんな変化があったのか、どんなことを知ったのか。そんな精神的な収穫が得られれば十分だと思います。だから、心落ち着く音楽とか、スケジュールを詰めすぎないとか、そのあたりを意識するといいかもしれません。旅行で予定を詰めすぎてしまうと、ついついスタンプラリーみたいになってしまうので(笑)。
――一色さん、ありがとうございました。
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