- 2024.10.28
- 読書オンライン
「学者にわざと間違ったことをしゃべらせて…」トンデモ取材にあ然、歴史学者がテレビ番組の制作手法に感じた“危うさ”
清水 克行
『室町ワンダーランド あなたの知らない「もうひとつの日本」』#1
都の路上でバクチにカツアゲ、大乱闘……500年前の日本はどのような様相を呈していたのか? ここでは歴史学者・清水克行さんの新刊『室町ワンダーランド あなたの知らない「もうひとつの日本」』(文藝春秋)を一部抜粋して紹介する。
テレビ制作会社から来た「伊達政宗とずんだ餅」に関する取材依頼に、あ然とした理由は……。(全2回の1回目/続きを読む)
◆◆◆
最近は歴史をテーマにした番組が多いので、よく僕のところにもテレビ制作会社からの取材が来る。
以前、ある民放のテレビ番組のAD(アシスタント・ディレクター)さんから電話があって、「伊達政宗がずんだ餅を発明したというのは本当ですか?」という質問をもらった。その番組では「枝豆は健康に良い」という企画をやりたいとかで、ついては枝豆が日本の歴史上どれだけ愛されてきたかをユニークな逸話をもとに紹介したいのだという。
真相はいかに
ずんだ餅とは、餅にすりつぶした枝豆の餡をからめた菓子で、宮城県の名物である。このずんだ餅を、仙台の街を築いた有名な戦国大名、“独眼竜”伊達政宗が発明した、というのは、よく聞かれる話だ。しかし、残念ながら、これは根拠のない俗説なのである。
東北地方の太平洋岸で枝豆栽培が発展したのは、江戸時代以降のこと。グルメ都市江戸で大量消費される醬油を現在の千葉県の野田や銚子で製造するにあたり、その原料となる大豆の生産が後背地である東北地方で奨励された、という背景がある(これにより極端な大豆の単作化が進んだことが、江戸時代に東北地方太平洋岸で大飢饉が頻発した原因の一つでもある)。ずんだ餅は、そうした東北地方の大豆生産から派生した菓子であって、当然ながら、伊達政宗の時代には、まだずんだ餅は無い。
というようなことを、僕はADさんに事細かに説明して、むしろ枝豆の歴史を語るなら、そうした江戸時代以降の農業事情などを押さえたほうが良いのではないか、と真面目にアドバイスした(なお、テレビ制作会社からの学者への取材は基本的にノーギャラである)。
それでも食い下がられ…
ただ、先方はどうしても「伊達政宗」に触れたいらしく、「政宗が作った可能性は絶対無いのでしょうか?」と食い下がってきた。そうなれば、こちらとしては、もう言うことはない。そもそも僕は「伊達政宗」の専門家ではないし。「それはありえないですね」と返したところ、向こうは「他に政宗に詳しい研究者の方はご存じないでしょうか」と聞いてきた。要するに、「オマエじゃダメだから、もっと詳しいヤツを紹介しろ」というわけだ。それでも心の広い僕は、「政宗」の専門家数人の名前を教えてあげて、丁重に電話を切った。
ところが、数日後、その同じADさんから、また電話がきたのである。聞けば、僕が名前を出した研究者からは、いずれも「ずんだ餅は政宗が発明したものではない」と、にべもなく断言されてしまったという。そこで、困っているので、再度先生にお願いしたい、というのだ。
思わず言葉を失った
「いやいや、あなた、僕の話を聞いてました? ずんだ餅は政宗が作ったものじゃない、って説明しましたよね? なんで、その僕が『お願い』されなきゃいけないんですか?」
と、返したところ、向こうからは、世にも恐ろしい答えが返ってきた。
「ですから、とりあえずVTRで『ずんだ餅は伊達政宗が作った』とだけ先生にコメントしてもらえないでしょうか? 放送時には必ず画面内に『※諸説あります』とテロップをつけますから」
言葉を失うとは、このことだ。
「え。ちょっと、待って。なにそれ。あなた、学者にわざと間違ったことをしゃべらせて、『※諸説あります』でごまかそうとしてるわけ? 今まで、そうやって番組作ってきたんですか? そんなことが通ると思ってるの?」
と問い詰めたところ、向こうは「ですよね~」と言って、一方的に電話を切ってしまった。その後、この番組内で「伊達政宗とずんだ餅」の話題が採り上げられたのかどうか、定かではない。
もっと問題だと思うこと
これは、僕が体験したテレビ取材のなかでは最低の部類の逸話であるが、これに近い経験は何度かある。おそらく最初に番組の結論ありきで企画を通して、それに適合する識者のコメントを集めてくるという手法で番組を作っているのだろう。ただ、もし僕がSNSなどで、その番組名を晒せば、かなり高い確率でその番組の偉い人が公式に謝罪しなければならなくなるだろうし、ヘタをすれば番組がふっ飛ぶぐらいの危うい問題だと思うのだが、先方の口ぶりからすると、そうした番組の作り方にほとんど疑問を抱いていない様子だった。思うに、あの世界の一部では日常的にそうしたことが行われているのではないだろうか。
ただ、僕がもっと問題だと思うのは、そうした番組づくりに率先して協力してしまう「識者」が少なからずいる、ということだ。むかしは学者がテレビに出るなんて軽蔑の対象となったものだが、近年ではテレビに出る学者は「発信力がある」などと言われて、大学の内外で持ち上げられる傾向にある。大学によっては、「社会貢献」「大学の広報活動」として、教員のテレビ出演を奨励しているところもある。おかげで自分の専門外にもかかわらず、テレビから声がかかるとホイホイ出てしまう軽薄な学者がいるのも事実なのだ。制作会社から求められるままにいい加減な情報を発信してしまうのも、そういう手合いだろう。
軽視される「専門性」
僕もたまにテレビに呼ばれることがあるが、基本的に自分の研究領域以外の話はすべてお断りすることにしている。現在、日本史の研究者の層はとても厚く、研究内容も細分化されて、格段に緻密になっている。僕らは同じ医者だからといって、お腹が痛いのに皮膚科に行ったり、歯が痛いのに耳鼻科に行ったりはしない。それと同じで、日本史についても一人の学者が「聖徳太子」から「坂本龍馬」まで、すべてをフォローできるようなことはない。なのに、なぜか日本史については、しばしばこの専門性が軽視されてしまう傾向がある。テレビなどで日本史全般を何でもかんでもしゃべっている「識者」がいたとしたら、それは要注意である。
ワイドショーでタレント学者がまったく専門外のコロナ医療や国際関係を語ったりする現状が、社会をミスリードする危険なものであることに、僕らはそろそろ気づき始めている。これからは歴史学に限らず、専門性というものに対する敬意を社会が取り戻す必要があるのではないだろうか。
とりあえず、テレビ局は「※諸説あります」のテロップ、あれはやめたほうがいいんじゃないかな。僕は、あのテロップは「たぶん間違った情報だけど、なんか面白いから紹介しました」という作り手の無責任なメッセージと理解している。
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