- 2024.07.23
- 文春オンライン
「転売ヤーはファンと正反対で、堂々と接してくる」バンド「クリープハイプ」の尾崎世界観が語る、転売行為への複雑な思い
「週刊文春」編集部
著者は語る 『転の声』(尾崎世界観 著)
ロックバンド「クリープハイプ」の尾崎世界観さんが小説3冊目となる『転の声』を上梓した。本拠地の音楽業界を舞台に、横行する転売行為を題材にした。
「メジャーデビュー直後にあった全国ツアーのチケット発売日、発売時刻の朝10時にドキドキしていました。無事に完売して、買えなかった人に申し訳ないと思うのと同時に、求めてくれる人が多くいることにホッとするというか、後ろ暗い喜びがあったのをよく覚えています。売れることに対する喜びと、売れてるものへの嫉妬のような感情、その隙間に転売が入り込んでくるんだと思います」
主人公の以内右手(いないみぎて)はロックバンド「GiCCHO(ギッチョ)」のフロントマンだが、思うように人気が出ない現状に焦り、カリスマ“転売ヤー”に自分たちのライブチケットの転売を頼んでしまう。
「この題材は自分が知っていることをフルに使っても書き切れるかどうか。そう思って、どうしても自分に近い設定にせざるを得ませんでした。これまで転売ヤーが買い占めたせいで本当に欲しがっている人に届かない、と憤る声をずっと見てきました。あまりにもそれが繰り返されて、麻痺してきているような状況があると思います。ライブ会場でグッズを売る際も、転売対策で受注販売にすればいいと言われたりするけど、自分も誰かのファンとして、グッズは会場で買ってこそという感覚があるので悩みます。
ファンの方はこちらが心配になるくらいに気持ちを委ねてくれます。転売ヤーはそれと正反対で、堂々と接してくる。その人間性にも興味がありました」
以内は執拗にエゴサーチを繰り返す。SNSのリアルな描写、熱量は圧巻だ。
「エゴサーチは自分を見ることなんです。ファンの声はもちろん、たまたまテレビで自分を見かけた人が呟く『気持ちわりーな』などの悪意ある声も含めて、SNSの無機質な声が自分なんだというのは、デビュー当時からずっと感じてきたことです。お客さんと繋がれる時代だからこその負の部分も描きたかった」
物語における音楽の描かれ方の更新も目指した。
「バンドメンバーが一丸となってひとつの目標に向かい、挫折もしながら登り詰めていく。そういう分かりやすい物語に不満があります。現実というのは、勝ち負けもなく淡々とずっと続いていく、もっとモヤモヤしたものなんです。もちろん音楽はいいものだけど、ネガティブな部分だってある。ふだん、バンドや音楽に一所懸命向き合っているからこそ、極端なバンドの姿が書けたのだと思います。
初めて日本武道館でライブをやった時に、このまま目標を達成してしまったら、もうこの先続けようと思えるかなと不安だったんです。でも、いざステージに上がると、普通だ、これまで自分が生きてきた世界とつながっていると感じられて、全然まだやれると思えたのが嬉しかった。でも、だからこそ大変でもあるんです。フィクションでロマンチックに描かれる音楽の奇蹟みたいなものを感じられたら、もっと楽にやれるのかもしれない。自分の日常の先にあるステージに上がって、お客さんに興奮、熱狂や感動を届けるのはとても難しい。その世界を、小説でちゃんと見せたかったんです。
そういった意味では、お客さんにより正直に向き合った結果、こんな小説になったのだと思います。好きでいてくれるファンがいる有難さと怖さ、最後のページを書いた時にその気持ちに決着がつけられた気がして、嬉しかったです」
おざきせかいかん/1984年、東京都生まれ。2001年結成のロックバンド「クリープハイプ」のヴォーカル・ギター。12年、アルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でメジャーデビュー。16年、初の小説『祐介』を刊行。他の著書に『母影』など。本作は、第171回芥川賞候補に選出された。
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