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早稲田大学競走部駅伝監督・花田勝彦が注目した『俺たちの箱根駅伝』のことば

早稲田大学競走部駅伝監督・花田勝彦が注目した『俺たちの箱根駅伝』のことば

花田 勝彦

『俺たちの箱根駅伝』(池井戸潤)を読む #1

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #小説

 早稲田大学時代は3年時に箱根駅伝で区間賞(区間新)&総合優勝を果たし、実業団では世界選手権や2度のオリンピックに出場した花田勝彦さん。引退後は指導者として上武大学を箱根駅伝初出場に導き、連続出場を果たした。

 現在は母校の競走部駅伝監督に就任し、さらなる高みを目指す花田さんは、池井戸潤さんの『俺たちの箱根駅伝』をどう読んだのか――。

 ロングインタビュー前編です。

◆◆◆

「マラソンは芸術だ」という教え

――花田監督は以前から読者家だというお話を、陸上関係者の方々から伺いました。

花田 上武大学の監督時代には、選手たちに合宿で本を読んでもらって感想を書かせたり、早稲田でも3分間スピーチという取り組みをしています。陸上というのは専門的なことだけをやっていてもだめで、やはり色んなこと、たとえば政治経済で活躍する人の話を聞いてインスピレーションをもらったり、他のジャンルの知識を吸収することが大事だし、さらに自分が思っていることを相手に伝える、表現するということが必要だと思うんです。

 

 そういう風に考えるようになったのは、大学時代の指導者だった瀬古利彦さんの「マラソンは芸術だ」という教えがきっかけですね。絵画でも音楽でも、いいものを観たら、人間は感動するじゃないですか。白いキャンバスに色を重ねて、あるいは譜面に音符を連ねて、時間をかけてひとつの芸術作品を創り上げていく。マラソンを走ることもそれと一緒で、まずは一歩の歩みからはじめて、どういう風にゴールまで走るか、走りを通して芸術を完成させることで、観ている方を感動させるんだと思います。

 当時、瀬古さんには、「例えば12月の福岡国際マラソンに出るのであれば、3カ月から半年くらい準備期間がある中で、12月〇日の12時にスタートしてからの2時間が最高の時間になるよう、ひとつの作品を創り上げるつもりで準備をしなさい」と言われました。その積み重ねで、3回目のマラソンとなる福岡で2時間10分台を出したときは、レース後、ホテルで感情が込み上げてきて泣きました。同じように、箱根駅伝で走る1時間という時間の中で、自分をいかに表現するかということは、よく選手たちにも話をしています。

監督の伴走車は本当に必要なのか?

――『俺たちの箱根駅伝』にも「ランナーはクリエイターじゃなきゃだめだ」という、監督のセリフが出てきますが、まさにそれを実感されているというわけですね。

花田 私の場合には現役時代は何十年も前になるので、選手として走っている場面に感情移入するのではなく、むしろ甲斐監督のランナーたちへの声掛けに、自分を重ねながら読みました。上武大学での監督時代から、「この地点までを何キロペースで」「前との差は何秒」といった戦略的な声掛けよりも、どういう言葉をかけたら選手のモチベーションが上がるか、リラックスできるだろうか、頑張れるだろうかということを考えてきました。

第70回東京箱根間往復大学駅伝大会2区で山梨学院大学のマヤカ選手と競り合う花田選手

 早稲田にきてからも、大きな声で叱咤激励するのがあんまり得意ではないですし、実は監督の伴走車はなくてもいいんだと思っているんです。自分の現役のときには伴走車も給水もなかったので、20kmにかかる1時間ちょっとの時間を、ひとりでどうやってレースを組み立てるかを考えながら走っていました。声掛けはペースを作ったり上げたりする助力になるかもしれないけれど、本当はそれがなくてもひとりで走れるほうがいい。本人たちが自分の力でがんばってほしいという気持ちが強いですね。

10区では「ショパンのリズムで行こうよ」と

 だから私の声掛けでは、もし本人が緊張していたらそれを少し落ち着かせるくらいを目指しています。小説の中でも、監督が「空を見てみろ」と声掛けするじゃないですか。あれは上がりきっている選手に対して、いい声掛けだなって思いました。今度、実際のレースで自分も使っちゃおうかな、なんて思ったくらいです(笑)。あとは6区の山下りでアナウンサーが彼の生い立ちに重ねあわせて、頑張れとエールを送る場面にも、うるっときてしまいました。

 早稲田の駅伝監督就任1年目、10区を走った菅野(雄太)はピアノが上手で、最初に話したときにショパンを弾くと聞いていたので、「ショパンのリズムで行こうよ」と声をかけたら、本人がちょっと笑ってくれました。一般受験で早稲田に入って初めての箱根駅伝でしたが、後から「あの声掛けで少しほぐれました」と言ってくれて。そうした、本人が自分自身で流れを変えられるきっかけになるような声掛けをしたいと思っています。

 

 上武時代も4年生で初めての箱根駅伝をアンカーで走った地下(翔太)という選手がいて、彼は本当にコツコツ4年間やってきたんですけど、なかなかメンバーに入れなくて、夏前に正直に「すごく頑張っているから使いたいけれど、最後は実力だ。このままでは使えない」と言ったら、そこから半年すごく頑張って、実力で最後にメンバーに入ったんですね。

 その頑張りを皆さんに知ってほしくて、「熊本県、多良木高校出身、地下(じげ)翔太! よく頑張った! 上武大学に来てくれてありがとう!」と声掛けしました。本来そういうことを言うべきだったかは分かりませんが、それを日本テレビの蛯原(哲)アナウンサーが取り上げてくれて、ちょっとした話題になったこともありましたね。

上武大学で初めて箱根を走った選手は

――そもそも箱根駅伝に出場経験のなかった上武大学で、予選を突破して本選へ出場されるまでも大変だったと思います。

花田 なかなか難しかったですよね。櫛部(静二)くんや平塚(潤)さんが、城西大学3年目で箱根駅伝本選出場を果たしていたので、3年くらいでできるんじゃないかと思ったら、瀬古さんからは「上武大学は都心と比べて不利な面もあるし、選手集めも知名度が上がるまでは大変だ。5年から10年という長いスパンで考えろ」と言われました。

 就任4年目の時に、上武大学では初めて福山(真魚)が学連選抜に選ばれて、5区を走って3位、総合成績でも4位という好成績を収めました。みんなで応援に行った夜、ホテルに集まったとき、彼が「これまで辛い思いをして練習をやってきたけれど、あの舞台にはそれだけの価値があった。その景色をみんなにも見せたい。だから来年も頑張ろう」って言ってくれて……。あのときチームが盛り上がったのをひしひしと感じました。そしてそれから1年後、自分が勧誘して上武大学に入ってきた選手が4年生になったとき、本当に箱根駅伝に出られたんです。

 学連選抜はいまは順位がつかない「オープン参加」になり、モチベーションを高める難しさもある。駅伝競走は本来大学ごとのチーム単位で出るべきなのではないかという意見もふくめ、すごく難しいんですが、あの経験を思うとやはり学連選抜には意義があると思っています。私も関東学連の理事として、これからも真摯に考えていくつもりです。

後編に続く

 

花田勝彦(はなだ・かつひこ)
1971年京都市生まれ。滋賀県立彦根東高校を経て早稲田大学人間科学部へ。3年時には箱根駅伝に総合優勝、4区区間賞(区間新)を獲得。94年ヱスビー食品陸上部へ進み、96年アトランタ五輪で10000m、97年アテネ世界陸上でマラソン、2000年シドニー五輪で5000m・10000m日本代表。2004年に引退後は上武大学准教授・上武大学駅伝部監督に就任、同大学を08年箱根駅伝初出場に導き、以来8年連続で本選出場。16年GMOインターネットグループ陸上部監督に就任。22年6月より早稲田大学競走部駅伝監督に就任。

「箱根駅伝優勝」と「早稲田から世界へ」。復活を期す名門大学競走部が目指すもの〉へ続く

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