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書店の売り場から愛を叫ぶ

書店の売り場から愛を叫ぶ

文:山口 奈美子 (書店員 三省堂書店有楽町店 売り場担当)

TVアニメ化でさらに人気沸騰! 人気シリーズの秘密

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『烏の緑羽』(阿部 智里)

 八咫烏シリーズに出会った時、私は売り場の担当ではなく、新刊書籍とはあまり関係のない部署におり、新しい商品にあまり手が出せないでいました。そんな時に「ファンタジーが好きならこれきっと好きだよ」と売り場担当の知り合いに勧められたのが『烏に単は似合わない』でした。

 それはもう面白かったです。あせび姫の可愛らしさにやられ、白珠の危うさにヒヤヒヤし、浜木綿カッコいい!となり、真赭の薄になんやねんこいつ、と思っていた私は完全に阿部智里の手のひらで踊っていたと言えるでしょう。

 行ったこともない山内に魅了され、結末に驚愕したあの時の衝撃は忘れられません。すぐに二巻目の『烏は主を選ばない』を購入したところ、別視点からの物語に唖然として、これはとんでもない良作に出会ったと確信し、改めて本を読む楽しさを実感したのです。

 二〇一八年の春、運命の人事異動が発令されました。そう、売り場の担当になったのです! とはいえ着任当初は腕利きの文芸担当が売り場を仕切っておりましたので、そんなに出しゃばらずそっと息をひそめておりました(多分ひそめられていたはず)。

 それがもう抑えられなくなったのは『楽園の烏』読了時です。

『楽園の烏』のゲラ(本になる前の校正紙)をいただいた私はとある休日の朝に自宅でワクワクしながらページをめくり始めました。

 ここを読んでいる皆様ならお分かりいただけると思いますが、読み終わった私はあまりの展開にゲラを抱えてお店に走りました。

「この衝撃をひとりでは抱えきれない…!」と同志を増やそうとしたのです。

 レジにいた烏仲間の店員は休みの日にもかかわらず突然現れた私に何事かと思ったそうですが、私から回ってきたゲラをしっかり読んで次の日には事務所で一緒に絶叫してくれたものです。

 ところでそのころ時代はコロナ禍真っ只中。本来ならサイン会などで我々読者の感想を阿部さんに直接ぶつけたいところなのですが、リアルなイベントはまだ自粛傾向にありました。

 しかしゲラを読んだあの日の衝動を考えると何もしないわけにはいかない。絶対に読者の皆様も言いたいことがあるに違いない!と思った我々は考えました。読了した皆様が思う存分感想を語り、その感想をぶつけられた阿部さんの反応が見られる場。ネタばれOKで多少は互いにやり取りのあるイベントができないものか。

 文藝春秋の担当の方にも相談して検討した結果、実現したのがオンライントークイベント「ネタばれ上等!『楽園の烏』の舞台裏を語りつくす」でした。

 阿部さんのトーク力と文藝春秋様の設備あってのイベントでしたが、読者の皆様の悲鳴を阿部さんにとどけ、作品だけではない阿部智里という作家の魅力を多少なりとも読者の皆様にお伝え出来たのではないかと思います。

 阿部さんとお話をさせていただいていつもすごいと思うのは、山内という世界が阿部さんの頭の中に細部までリアルに存在しているということです。本編には関係の無いようなふとした疑問にも「あぁそれは…」と迷うことなく(ネタばれにならない範囲で)回答があるのです。それだけしっかりとした世界があるので、その一部が文章化された八咫烏シリーズはこんなにも読者に届くお話になるのですね。

 

 ということで第二部が始まり『楽園の烏』で衝撃を受け、『追憶の烏』であまりの展開にショックを受け、この先が少しだけ不安になっていた私ですが、本作『烏の緑羽』読了後一発目の感想は「早く続きが読みたい!」でした。

『烏の緑羽』は第二部が始まってから動きの見えていなかった長束とその周りの男たちについて、そしてかつて雪哉と敵対した「翠寛」と長束の護衛「路近」の因縁の関係を描いています。

 いやぁ長束さまと周りの男たち。キャラが濃い! 翠寛院士(せんせい)が想像以上に苦労人だったり、清賢院士がけっこうぶっ飛んでる人だったり。両名そこそこ変態だと思ったのは私だけでしょうか。

 そして長束さまの扱い! 頭の中のテーマソングはもちろん「はじめてのおつかい」です。我々読者が長束さまに「さま」を付けたくなる理由がなんとなく分かった気がします。

「化け物どもの青春!」と書かれた阿部さん直筆の色紙にはものすごく納得してしまいました。

阿部さん直筆の色紙

 奈月彦の山内の未来を思う言動や、覚悟を決めて進むべき道を決断した長束の思い、それが雪哉の行動と合わさりどう進んでいくのか、俄然続きが気になってしょうがありません。

 ちなみに八咫烏シリーズきっての化け物、路近の行動原理がやっと理解できるぞと読み進めたのですが、最終的に「やっぱりこいつ怖い」と思ったことをここに記しておきます。暴力ダメ絶対。

 さて先にお伝えしました通り、書店員は発売日前にゲラを読ませていただけることがあります。

 八咫烏シリーズは特にこのゲラが重要で、各書店の店員はこのゲラの内容をもとに店頭装飾の準備を進めます。八咫烏シリーズは山内のイメージがしっかりとしていますし、名司生さんの美麗なイラストだけでも店頭では目を引くので、その世界観を壊さず引き立てられるよう飾りつけをするのは書店員の腕の見せ所でもあります。

 ミニ山内を手作りしてしまったり切絵の飾りを作成したり、そんな他書店の素敵な飾りつけを見るのも毎回楽しみで、店頭装飾コンクール開催時の画像は今でも時々見返してしまうほどです。見たことのない方は是非とも検索していただきたい。感動モノの芸術的な飾りつけがこれでもかというほどご覧いただけます。

 あいにく私は芸術的センスをどこかに落としてきてしまった人間なのですが、それでも八咫烏シリーズへの思いを何とか伝えたいので、ゲラを読んだイメージとアイデアで勝負です。幸い最近の一〇〇円ショップには飾りつけに必要なものが沢山そろっています。四季折々の造花、雪を表現するための綿、いろいろな緑を使いたいとマスキングテープや模造紙なんかを用意し、絵心のあるスタッフに八咫烏の絵を描いてもらってはコピーして増殖させ、紫陽花が欲しくなれば折り紙を皆に配ります。自分の不器用さは人海戦術で何とかするのが当店流!(わけもわからず手伝ってくれた同僚の皆ありがとうございます)

 そうして新刊入荷と同時もしくは少し前から展開予定地に飾りつけを行い、発売をお知らせするとともに売り場からの愛を叫ぶのであります。

 お客様からの反応が大きいのも八咫烏シリーズの特徴でしょうか。新刊が出る度にPOPやディスプレイを楽しみにして下さっている方やサイン本の入荷を心待ちにしている方、いつもありがとうございます。棚の前でお友達に「これ面白いから!」と勧めている方、お一人でじっとオススメコメントを読んでくださっている方。本来なら声をかけて猛烈にプッシュしたいのですが、語り過ぎでドン引きされるといけないので柱の陰から念を送るに留めております。万が一お話したいという方がいらっしゃいましたらお声をおかけくださいませ。

2022年 単行本刊行時の飾り付け

 このように八咫烏シリーズは読んだ人間を突き動かす力を持っている物語です。そんな物語に出会えてそれを読者の皆様へお届けできる。書店員にとってこれほど幸せなことはありません。

 完結して欲しくない、でも早く続きが読みたい、という複雑な気持ちの方も多いと思いますが、山内の行く末をみんなで見届けようではありませんか。

 阿部さん! 今後も我々の感情をかき乱してくれるお話をお待ちしておりますので、よろしくお願いします!!

 

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文春文庫
烏の緑羽
阿部智里

定価:858円(税込)発売日:2024年10月09日

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烏に単は似合わない
阿部智里

定価:858円(税込)発売日:2014年06月10日

文春文庫
発現
阿部智里

定価:792円(税込)発売日:2021年08月03日

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