先日、前回のコラムで紹介したオンライン・トークイベントが無事に終了いたしました。
こういったイベントでは毎度、「阿部が○○と言っていた」というような、伝言ゲームの始まりになる危険性のある感想をSNSにアップしないように参加者の皆さまにはお願い申し上げております。ネタバレ対策というよりも、発言者の意図していない形に言葉が変化していってしまうことを防ぐためです。作家という、言葉でご飯を食べていく仕事をしている以上切実なお願いではあるのですが、イベント終了後、参加者の方からこんなメッセージが届いていることに気付きました。
「目薬エピソードもNGですか?」
――おっと。
思わず声が出ましたね。
この目薬エピソードというのは、「ネイルしていたら見せて下さい!」という無邪気なリクエストを頂いたことで白状することになってしまった、私の大失敗エピソードです。私がとっても恥ずかしい以外、SNSの投稿を禁止する理由は全くありません。なんだか想像以上に面白がって下さった方が多かったようなので、SNSで自由にお話しして笑って頂けるよう、改めてここでも懺悔します。
執筆中に起こったびっくりエピソード
時は2年前(くらいだったかな?)の春、新刊の内容に行き詰った私は、文春の執筆室にて缶詰になっておりました。この頃、私は缶詰中に現実逃避する手段を血眼になって模索しており、(普段はネイルアートなどほとんどしないくせに)重ね塗り可能な無色透明のマニキュアを買い込み、執筆部屋にまで持ち込んでおりました。息詰まると「なんだか爪の色がくすんでいる気がする……」などと適当な言い訳をして、何度もマニキュアを塗ることで束の間の平穏を噛み締めていたのです。
私は書ける時と書けない時の差がめちゃくちゃ激しくて、突然スイッチが入ってガンガンに書き進めるというようなことが結構あります。この時もいきなり閃き、マニキュアを適当に放り出してキーボードを叩き始めました。
瞬きも惜しいくらいの勢いです。当然のように目が乾き、ディスプレイから目を離さないまま、ふらふらと手を机の上にさまよわせて、ビタミン剤の入った目に優しい目薬を手に取りました。そして何気なく、いつも通りに目薬をさし――目が燃え上がったかと思いました。いつもの優しいうるおいとは全く逆の感覚。とにかく、ひたすら熱いのです。「グワアアア!」と声を上げてのたうちまわり、自分がとんでもないヘマをしたことに気付きました。
もうお分かりでしょう。マニキュアです。
私は目薬と間違えて、マニキュアを目に垂らしてしまったのです。
急いで洗面所に駆け込み、冷や汗をかきながらガンガンに流水で目を洗いました。顔ごと洗面台に突っ込み、マックスにした水量でマニキュアも愚かな過ちも全部流れてくんないかな、と祈るような心持ちで洗いまくったのです。
眼科でお医者さんに言われたこととは……
どれくらい経ったか、とにかく刺激が薄れたのを感じ、携帯で担当編集さんに電話をかけました。
「すみません、この近くに眼科はありませんか?」
「え? すぐ隣のビルにありますけど……」
「ヨカッター! あの、目に異物を入れてしまいまして、今すぐうかがいたいのですが!」
「目に異物!? 何を入れたんですか!!!」
そうして連れて行ってもらったお医者さんには「どうしてそんな馬鹿なことしたの」と呆れられつつ、目薬を処方して頂き、結果として後遺症は全くなく現在に至っております……。
いや、何事もなくて本当に良かったです。一歩間違えたら大変なことになっていたと思うと今でも背筋が寒くなります。自分でも猛省しております。
ちなみに、後日念のため行きつけの眼医者さんに見て頂いたところ、「すぐに水で洗い流したのが良かったんだろうね」と言われました。中には水に触れたことで悪い反応を示す薬品などもあるようですが、マニキュアは洗い流して大正解だったようです。やんちゃな大学生を多く見て来たというこの先生が本当に優しくて、「大丈夫、大丈夫。よくあることだよ。水虫の薬とか入れちゃったりすると結構ヤバイけど、マニキュアならまだね」と慰めて頂きました。そのご恩があり、今後も出来る限りこちらの先生のお世話になろうと心に決めております……。
戸惑い呆れ心配しながらも迅速に私を眼科へ連れて行ってくれた担当編集氏は、トークイベントでのネイルに関する質問を見た瞬間「あのエピソードは阿部さんの鉄板じゃないですか!」と笑顔で言い放ち、先日の暴露と相成りました。
皆さんも、目薬とマニキュアは近い場所に置かないようお気を付け下さいね。というか、目薬さす時くらいはディスプレイから目を離したほうがいいかもしれません。
……あ、そんな馬鹿をするのは私くらい? そうですか……。
阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。現在は「八咫烏シリーズ」第2部『楽園の烏』を執筆中。
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