- 2024.11.11
- 読書オンライン
「のぼってゆく坂の上の青い天に」……『坂の上の雲』。あの名オープニング、原作からの奇跡の引用とは?
「文春文庫」編集部
司馬遼太郎『坂の上の雲』ぜひ読んでほしい原文(1)
再放送中のNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』が、熱い盛り上がりを見せている。原作は司馬遼太郎さんの代表作にして“国民文学”と呼ばれる『坂の上の雲』。明治という激動の時代を駆け抜けた秋山真之(さねゆき、演:本木雅弘)、好古(よしふる、演:阿部寛)兄弟と、正岡子規(演:香川照之)の3人を中心に、明治人の楽天主義と、生まれたばかりの「国家」の存亡を賭けた戦いとを描く青春群像劇だ。
原作に負けず劣らず壮大なスケールで映像化された本ドラマ作品は、初回放送の2009年から10余年を経た今なお、色褪せることなく視聴者を魅了し続けている。
ドラマは、基本的には原作に忠実でありながら、脚色を加え構成を変え、新たな魅力を生み出すことに成功している。心に残るあの名場面は原作ではどのように描かれているのか、またドラマでは描かれていないがぜひ読んでほしい原文などを連載で紹介する。
◆◆◆
ドラマ版で毎回のオープニングで流れる、渡辺謙さんによる「語り」は非常に印象深い。この語りは、下記の一文から始まる。
まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている。
(『新装版 坂の上の雲』第1巻「春や昔」より)
文学史に残る名文だが、これは第1巻第1章「春や昔」の第1行目である。
一方、久石譲さん作曲のテーマ音楽に合わせ、高揚の中で語られる最後の一文、
のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。
(編集部注:一朶は、ひとかたまり、という意味)
これは原作のどこに書かれているのだろう。
かつて筆者は、『坂の上の雲』を読んでいた友人に、どんな物語なのか訊ねたことがある。その時彼はこの一文を暗誦し、「坂の上の雲を目指して前のみを見つめて歩く、楽天主義の明治人たちの物語だ」と教えてくれたため、強い興味を覚えて読み始めた。
しかし読んでも読んでも、タイトルに取られている「坂の上の」「雲」という文字がまったく現れないのだ。そしてこの文字に出会いたい一心で、読みに読み続け、初めてそれを見つけた時には大変驚いた。
答えは文庫『新装版 坂の上の雲』第8巻(最終巻)収録の「あとがき集」の中の「あとがき一」(単行本第1巻のあとがき)に記されている。元々6巻本だったものを「新装版」で8巻にした構成上、6つのあとがきはまとめて第8巻に収録されているのだ。
さて、ドラマのオープニングの語りに話を戻そう。特に第1回放送の4分余りのロングバージョンは、『新装版 坂の上の雲』第1巻と、単行本第1巻のあとがきの文章を巧みに組み合わせて作られている(ただし、わずかにアレンジされている)。
維新によって日本人ははじめて近代的な「国家」というものをもった。(中略)たれもが、「国民」になった。不馴れながら「国民」になった日本人たちは、日本史上の最初の体験者としてその新鮮さに昂揚した。このいたいたしいばかりの昂揚がわからなければ、この段階の歴史はわからない。
(『新装版 坂の上の雲』第8巻 「あとがき一」より)
この物語の主人公は、あるいはこの時代の小さな日本ということになるかもしれないが、ともかくもわれわれは三人の人物のあとを追わねばならない。
(『新装版 坂の上の雲』第1巻「春や昔」)
そして真之、好古を紹介するくだりは「あとがき一」から、子規の紹介は新装版文庫第1巻から引用されている。
司馬遼太郎さんの原作の文章が極めて優れているからこそ実現した語りだが、一方で組み合わせの妙が光る新たな名文の誕生とも言える。冒頭で一気にドラマの物語世界へと引き込むこの語りの“発明”は、脚本の勝利と言っていいだろう。
次回は、第1~4回放送(44分版、「少年の国 前後編」「青雲 前後編」)分の原作エピソードを紹介する。
※文春文庫編集部ではドラマ『坂の上の雲』放送終了直後に、渡辺謙さんの語り部分を中心に、原作から印象深い文章を抜き出した下記のようなポストをしています。
ぜひ文春文庫Xをフォローの上、放送を振り返りつつ、司馬さんの名文を味わってください。
〈(こいつ、赤くなっている)…正岡子規の妹・お律の恋、原作小説での展開が意外すぎた【ドラマ『坂の上の雲』】〉へ続く
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