〈「賤ケ岳で利家の敵前逃亡はなかった」「お市の方の結婚相手は勝家ではなく家康」…戦国時代の通説を見事に覆した安部龍太郎の野心作!〉から続く
直木賞作家・安部龍太郎さんの最新長編『銀嶺のかなた(一)利家と利長』と『銀嶺のかなた(二)新しい国』。加賀藩の礎を築いた前田利家・利長父子が、厳しい乱世を懸命に生き抜く姿は、「北國新聞」連載中から大きな反響を集めていた。
著者の安部さんが執筆中に本作に懸ける思いを綴った寄稿と、2023年3月下旬、小説の舞台となっている富山県内の旧跡や名所を取材した際の写真を、単行本発売を記念して公開する。
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時代の移り変わりをとらえたい
本紙(北國新聞)から連載のご依頼を受けた時、前田利家を書こうと思った。前々から興味を持っていたし、戦国時代は長年取り組んできたテーマでもある。
問題はどんな構えで描くかということだが、利家と利長の父子関係を中心にしようとすぐに決めた。一般的には利長は利家ほど注目されていないが、関ヶ原の戦い前後の困難な状況の中で、加賀藩を百二十万石の大大名に育て上げたのは利長である。
戦国時代の第一世代である利家と、天下泰平に向かう第二世代の利長。この二人の視点から描くことで、困難な時代を懸命に生き抜いた父子の姿と、時代の移り変りをとらえたいと思った。
孫を持つ年齢になって父子関係の難しさを
父と子をテーマにした小説は数多い。ツルゲーネフの『父と子』は、地主で裕福な父の世代とニヒリズムや社会主義に影響を受けた息子の世代の葛藤をテーマにしている。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』は、やはり大地主で淫蕩な父フョードルと、ドミートリィ、イワン、アリョーシャの三人の息子の愛憎をドラマチックに描き出している。
また子母澤貫(しもざわかん)の『父子鷹(おやこ)』は、勝小吉と海舟の父子の生き方を通じて幕末の動乱期をとらえたもので、この作品をきっかけにして、ともに優れた能力を持つ父と子のことを父子鷹と呼ぶようになった。
父と子をテーマにしたいと思ったのは、こうした作品に影響を受けたこともあるが、孫を持つ歳になって父子関係の難しさを痛感していることも大きな原因である。息子との対立に苦しんでいる友人は何人かいるし、父親の役目を放棄して我が道を行く知人もいる。
幸い私の息子はごく普通の社会人になってくれたが、子育ての過程においてこうすれば良かった、ああすれば良かったと後悔することは少なからずある。その頃には自分の仕事で精一杯で、息子のことを思いやる余裕がなかったのだ。
信長が見込んだ利長の資質
『銀嶺のかなた―利家と利長』で描く利家像には、自分のそうした後悔も投影している。利家は戦国第一世代として、血まみれ泥まみれになりながら自分の道を切り開いてきた。
わずかな失敗が死につながる過酷な現実を切リ抜けてきただけに、息子の利長にもその生き方を伝授しようとする。それは父親としての愛情なのだが、利長にとってはかなり迷惑なのである。
一方、利長は二十歳の時に織田信長の娘永(玉泉院)と結婚し、利家の旧領だった越前府中三万三千石を与えられる。これは利家の七光りによる厚遇だととらえる向きもあるが、はたしてそうだろうか。
この頃の信長は戦国第一世代を整理し、息子信忠を中心にした第二世代によって天下統一の体制を作ろうとしていた。利長にはその一翼をになう資質があると見込んだからこそ娘婿にし、やがては北陸統治を任せるために越前府中に配したのではないだろうか。
物語は第二章「能登入国」の終盤に入ると、利家、利長父子は本能寺の変に遭遇し、厳しすぎる現実を生き抜くことになる。読者諸賢が二人に興味を持ち、物語を面白く読み進めていただくなら、これにすぐる喜びはない。
※写真、寄稿ともに「北國新聞」(2023年4月6日朝刊)提供。
INFORMATION
※『銀嶺のかなた』刊行を記念した安部龍太郎さんのサイン会が2024年12月15日(日)に金沢市内と富山市内で行われます。
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