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軍事の専門家が熱く語るアニメ・特撮の戦争

軍事の専門家が熱く語るアニメ・特撮の戦争

小泉 悠

『ゴジラvs.自衛隊 アニメの「戦争論」』(小泉 悠,高橋 杉雄,太田 啓之,マライ・メントライン)

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

「いやぁ、イタいなぁ」と本書のゲラを読みながらのたうち回っていた。文字になった自分の言葉がハシャいでいるオタクそのものだからである。実際、私は人生の大部分を軍事オタクとして過ごし、対談中はハシャいでいたから、そのとおりなのではあるが。

 とにかく本書はこのような本である。軍事オタクである私=小泉が、これまた当代きっての濃いめなオタクたちを相手に、様々なアニメ・特撮について語り合った。

 ここで彼らの横顔について紹介しておきたい。

 本書最多の登場回数を誇るのは、防衛省防衛研究所防衛政策研究室長の高橋杉雄である(敬称略。以下同じ)。いかにもお堅い肩書きに反して、サッカーから料理、写真、そしてサブカルと幅広い趣味で有名になった。休日にジャム作りをしていることをテレビで口にしてしまい、「ジャムおじさん」のあだ名を奉られたことでも知られる。

 それに続くのは朝日新聞記者の太田啓之。本書の登場人物では最年長ということもあり、日本においてアニメが文化としての地位を確立するに至る歴史を直に体験してきた「語り部」的ポジションを勝手ながら割り振らせていただいた。

 マライ・メントラインの自称する肩書きは「ドイツ人」であり、実際ドイツ人なのだが、その日本語表現能力は恐ろしく高い。チタン製棍棒のようなものでバッシバッシと物事を切っていくような文章にはかねてから畏敬の念を覚えており、本書の中でもその能力は遺憾なく発揮されている(なお、メントラインとの対話には時おり「神島」という人物が挟まるが、これは彼女の夫で、これがまた濃いオタクである)。

 最後に、この文章を書いている私について。前述のように軍事オタクとしての人生を歩んできたが、成人して以降はもっぱらロシア軍事に関心を持ち、結局は職業となってしまった(現職は、東京大学先端科学技術研究センター准教授)。ロシア出身の妻はメントラインの友人でもある。

 およそアニメの話とはかけ離れていそうなこのメンツが、それぞれ縦横に語り合ったのが本書である。取り上げたのは、『機動戦士ガンダム』、『宇宙戦艦ヤマト』といった古典的名作から、子ども時代に熱狂した『無責任艦長タイラー』に『機動警察パトレイバー』、いまだに私の精神にガッチリと癒着して離れない『新世紀エヴァンゲリオン』、もはや日本を代表する文化にまでなったスタジオジブリの一連の作品など、非常に幅広い。アニメ化はされていないが、仮想戦記作家・佐藤大輔の一連の作品も取り上げた。

 他方、女性向け作品や21世紀に入ってからの作品があまり取り上げられていないのは、対話を行なった当人たちの世代や嗜好によるものである。したがって本書は日本アニメについての総説的なものではなく、現代のオタクたちが激しい熱量を注いだ特定の作品についての感情の吐露のようなものだと理解されたい。

 それだけに、本書で展開される会話にはまるで手加減というものがない。私だけでなく、全員が「ハシャいでいるオタク」なのだ。専門用語、略語、内輪ネタが注釈なしに飛び交い、一般の読者にはおそらくなんの話をしているのかさえよくわからないのではないかと思われる箇所がかなり多かった(というか大部分がそうである)。編集部による念入りな註とゲラ段階での編集によって、ある程度は読解可能になっているはずだが、宇宙人の会話を側で聞いているような感覚はやはり否めない。金まで取って人様に見せていいのかと言われれば、若干自信がないのも事実ではある。

 しかし、なんだかよくわからないが何かについて盛り上がっている人たちを見ているのはそれなりに楽しい。私は競馬をやらないが、行きつけの水タバコ屋にはいつも競馬の話で盛り上がっている一団がおり、彼らの話をなんとなく聞いているのは意外と心地よかったりする。聞いているうちに、「どうも競馬業界にはこんな概念があるらしいな」とか、「勝馬を見分ける指標はこういうことらしいな」などと、いつのまにか門前の小僧的な知識を得ていたりもする。アニメにもサブカルにも興味がないという人でも、本書はこんなふうにして楽しんでもらえるのではないか。

 アニメそのもののファンには、もちろんその「本丸」たるアニメの話を楽しんでもらいたい。ただ、ジブリ作品からドイツ戦車の蘊蓄へ、『エヴァンゲリオン』からドイツにおける日本研究事情へと、本書の話題はしばしば飛躍する。そのすべてについて深い知識を持っている人は少ないだろう。だからコアなアニメファンもまた、「水タバコ屋の競馬話」のようにして楽しむ余地が本書にはある(といいなと思っている)。

 それにしてもみんな本業を抱えて忙しいだろうに、よくも毎回これだけの時間をかけて語り合ったものである。本書に収められた対話はいずれも文藝春秋社のウェビナーとして行われたもので、1回につき2時間ほど話している。1日の仕事を終えてから長丁場に臨むのはちょっと疲れる時もあったが、話が始まると毎回あっという間だった。本書で私と語り合った面々もそうであったらいいなと思っているし、本書を手に取ってくれたあなたも同じ感覚を共有してくれるなら、この試みは大成功ということになろう。


「はじめに」より

文春新書
ゴジラvs.自衛隊
アニメの「戦争論」
小泉悠 高橋杉雄 太田啓之 マライ・メントライン

定価:1,243円(税込)発売日:2025年01月17日

電子書籍
ゴジラvs.自衛隊
アニメの「戦争論」
小泉悠 高橋杉雄 太田啓之 マライ・メントライン

発売日:2025年01月17日

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