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「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」ファイナル 現代を生きる大人に届けたい恋愛小説とは? 白熱選考会の様子を全文公開!

「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」ファイナル 現代を生きる大人に届けたい恋愛小説とは? 白熱選考会の様子を全文公開!

「オール讀物」編集部

出典 : #オール讀物
ジャンル : #小説 ,#エンタメ・ミステリ

「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」は、大人がじっくり読める質の高い恋愛小説を発掘し、読者の皆様にひろく届けることを目的として創設され、第4回となる今回、ファイナルを迎えました。

 本年度の選考委員は、川俣めぐみ(紀伊國屋書店横浜店)、高頭佐和子(丸善丸の内本店)、花田菜々子(蟹ブックス)、山本亮(大盛堂書店)の4氏。「大人の恋愛小説とはいったい何なのか?」をめぐり、議論に議論を重ねた結果、大賞を選び出しました。その白熱の模様を全文お届けします!

 なお候補作については、令和5年10月1日から令和6年8月31日に刊行された単行本の中から、瀧井朝世、吉田大助、吉田伸子の3氏の推薦をもとに、下記5作品が候補作に選ばれました。

『一番の恋人』(KADOKAWA)君嶋彼方

『一番の恋人』(KADOKAWA)君嶋彼方


『星が人を愛すことなかれ』(集英社)斜線堂有紀

『星が人を愛すことなかれ』(集英社)斜線堂有紀


『告白撃』(KADOKAWA)住野よる

『告白撃』(KADOKAWA)住野よる


『わたしの知る花』(中央公論新社)町田そのこ

『わたしの知る花』(中央公論新社)町田そのこ


『二人キリ』(集英社)村山由佳

『二人キリ』(集英社)村山由佳

選考会に出席された書店員の皆さま(敬称略)

 ――書店員のみなさんに「大人がじっくり読める質の高い恋愛小説」を選んでいただく本賞も第4回を迎え、今回がファイナルとなります。まずは書店店頭の最近の様子を伺えますでしょうか。

 川俣 紀伊國屋書店横浜店の川俣です。最近開催したフェアが、とても注目を集めました。特に好評だったのが「米津玄師(よねづけんし)と文学」です。シンガーソングライター・米津玄師さんに縁のある30冊以上の書籍を取り上げて、全点にPOPを付けて紹介したものです。インスタライブで米津さんが取り上げた本や、楽曲の由来になった作品を並べました。想像以上に大きな反響を得て、会期も2度延長しました。

 高頭 丸善丸の内本店の高頭です。東京駅前にある土地柄、国内外からご旅行にいらっしゃるお客様が増えています。11月には「丸の内ブックコン」というイベントを3日間開催し、各出版社の皆様の協力のもと100以上のコンテンツを展開しました。

 花田 蟹ブックスの花田です。いわゆる独立系書店を開業して2周年を迎えました。続けていけるという手ごたえと共に、このお店を一体どのような方向へ導いていくかということを考えています。最近はZINEと呼ばれる、いわゆるリトルプレス(自主制作による出版物)が勢いを増しています。よく売れていますし、商業出版とインディーズ出版の境目が徐々になくなってきているのかもしれません。私自身もZINEを初めて作成したり、読むという行為には色々な方向があるのだと実感する毎日です。

 山本 大盛堂書店の山本です。高頭さん同様、インバウンドのお客様の影響を大きく受けています。渋谷のスクランブル交差点に面していて、書店イベントの告知など立地を活かした取り組みを模索しています。

 ――第4回「大人の恋愛小説大賞」候補作は、瀧井朝世さん、吉田大助さん、吉田伸子さんの推薦をもとに、全5作を選出いたしました。早速、一作ずつお話を伺ってまいります。

『告白撃』住野よる

 ――30歳を目前に婚約した千鶴(ちづる)は、自分への恋心を隠し続ける親友・響貴(ひびき)が前に進めるように、わざと彼に告白させて断る計画を立てています。共通の友人である果凜(かりん)は、一度は断ったものの、響貴のために作戦に協力することを決意。学生時代からの友人たちを巻き込み、千鶴たちは6人で温泉旅行へと出発します。

 花田 この賞の選考に携わるたびに、「大人とは」「恋愛とは」と何度も考えゲシュタルト崩壊を起こします(笑)。この作品を読んで“大人になりたくない”大人たちの物語も、世の中に必要なのではないかと思いました。ドラマ「男女7人夏物語」のような、仲間内で恋愛するラブストーリーって最近見ないけれど、きっとニーズはありますよね。キャラクターの楽しさもあっていきいきとした作品ですし、彼らの関係性に憧れる若い読者の方もいるだろうと思いました。

 高頭 私もドラマ、特に月9っぽいな、と感じました。今年は「もしこうなっていたら」というifの物語が豊作で、『告白撃』も「もしあの時……」と考えずにはいられない一作ですよね。過去を振り返る瞬間って誰しもあるかと思います。振り返れるだけの時間を過ごしてきた人たちの物語という意味で、これもまた大人の恋愛小説といえるかもしれません。

 新しいなと思ったのが、主人公・千鶴の婚約が全てのきっかけになるにもかかわらず、婚約者が作中に一切出て来ないこと。斬新な試みだと思います。タイトルもいいし、楽しく読めたのですが、千鶴を始め、登場人物全員が、他人の心に踏み込み過ぎではないかと思える部分もあって、そこが少し気になりました。

 川俣 私も、友人同士であっても越えてはいけないラインを、越えているような気がしてしまいました。高頭さんの意見と同じで、「もしあの時こうなっていたら」と考えながら読み進めると、物語の魅力がさらに引き出されていくタイプの小説かなと思いました。

 山本 住野さんと言えば、青春もののイメージがあり、若者の恋愛模様を描く名手ですよね。30歳の大人を主人公に立て、こういった大人向けの物語も上手に描かれるのだと再認識しました。恋愛と友情のバランスが丁寧に考えられていますし、あらゆる世代におすすめできる一冊だと思います。

『一番の恋人』君嶋彼方

 ――主人公の道沢一番(みちざわいちばん)は「男らしくあれ」という父の期待に応え続け、順風満帆の人生を歩んできました。しかし2年間交際してきた恋人の千凪(ちなぎ)にプロポーズすると、「好きだけど、愛したことは一度もない」と返事され……。千凪はアロマンティック(他者に恋愛感情を抱かない指向)・アセクシャル(他者に性的欲望を抱かない指向)で、「普通」の人生を送れないことに悩んでいたのです。

 川俣 恋愛小説というジャンルではないかもしれませんが、他の候補作と比べて、一番知らない世界を見せてくれた一冊でした。「こういう風に相手を想えるのもいいな」と教えてくれましたし、恋愛感情を伴わない関係性を肯定してくれたことも、好印象でした。難しいテーマをわかりやすく伝えようという君嶋さんの試みは素晴らしいと思います。

 花田 アロマ・アセクに以前から関心のある人にも、一から知りたいと思っている人にも、幅広くアプローチできる小説ですよね。この本は今、広く必要とされ、同時に多くの人を救う一冊だと感じました。主人公の一番と千凪の心情もとても丁寧に描かれていて、「なるほど、こういう感覚なのか」と実感できる場面も多かったです。ただ、あらかじめ用意されたストーリー展開のために登場人物が言わされているセリフや場面がいくつかあるように思いました。当事者が「こんな偏見や暴言に遭遇する」とシミュレーションするのには役立つ一方、小説としてはやや乱暴に見えてしまいました。

 山本 この作品の刊行イベントを店頭で行って、君嶋さんから色んなお話を伺ったんです。中でも「男性作家が女性の性の、とくに感情だけでなく身体性まで描くのは、すごく難しい」とお話しされていたのが心に残っています。君嶋さんのデビュー作『君の顔では泣けない』(KADOKAWA)と共通する部分ですよね。過去作を踏まえて、今作で同じテーマを書き切られたように感じたんです。千凪だけでなく、あらゆる登場人物たちの身体性と恋愛感情のバランスを、ここまで徹底して書かれた君嶋さんはすごいなと。思いあっていたら美しい関係性も、一方的な恋愛感情であったら暴力になりうる。問題提起に作家性が出ていますね。

 高頭 主人公の父親が「周りから幸せに見えることが幸せなんだ」と話したり、千凪が「私も普通になりたいの」と口にしたり、「他人と同じ幸せを得なきゃいけない」という呪縛に、皆が縛られていますよね。でも、“人並み”の幸せを目指さなくていいんじゃないか、と思えるところに小説が与える感動があると感じました。ラストについては賛否両論あると思いますし、小説世界の続きを想像したくなる物語です。人の生き方や愛し方にも色んな形があって、誰かに規定されることなく自分らしくでいい。「とはいえ、それが難しいんだよね……」と悩みつつも、改めて真正面から自分の幸せについて考えさせられました。

『わたしの知る花』町田そのこ

 ――ある時期から公園で絵を描き始めたおじいさん。噂によると彼は昔から、この町に縁があるといいます。孤独死した老人・平(へい)の人生を、彼とかかわった人々が語っていく連作短篇集です。

 山本 各話で、異なる時代、異なる世代の恋愛を描くところに筆の巧みさを感じました。店頭で「久しぶりに恋愛小説を読みたいんだけど」とお客様に声を掛けられたら、真っ先に推したいのがこの作品です。

 川俣 王道の恋愛小説とは少し違って、恋愛未満で終わってしまった思い出を、生涯大事に引きずった人々を描いた物語だと思いました。感情が一番動くのは、恋愛に発展する前段階じゃないかという気がします。恋愛に至らなかったからこそずっと心に引っ掛かっている。その状態を見事に描いています。世代を超えて対話していくうちに、相手のことが理解できてくる展開にも惹きつけられ、ぐいぐい読み進めました。

 高頭 私も恋愛小説と思わずに読んでいました。この物語は、女子高生の安珠(あんじゅ)が近所の公園にいたおじいさんに声をかけるところから始まりますが、実際はそんなことはしない方がいいですけど(笑)。「この人はこういう人だ」と一度決めつけてしまうと、どんなにその人が変化を見せようが、ずっと思い込みに囚われてしまいがちです。これまで誰かを上っ面だけで判断して関係を絶ってしまったことが沢山あっただろうなと、読みながら心が痛みました。一見すると変なおじいさんである平の人生も、読み進めるにつれて想像もしていなかった様相が浮かび上がってきます。どんな人も、思わぬ人生の一面や誰にも言えない秘密を持っているかもしれませんよね。

 花田 候補作の中でも一番美しく、よい読後感があり「いい小説を読んだな」という気持ちにさせてくれる一冊でした。山本さんもおっしゃっているように、お客様や知り合いに勧めやすい作品ですね。随所に描かれた、長い時間が育む渋みも良かったです。年月の重みを感じますし、細部まで書き込まれた素晴らしい物語でした。安珠が平のことをすごく素敵だと言っている分、彼がどんな風に人生の後半を生きてきたのか、書かれていない人生をもっと知りたい気持ちになりました。

 山本 平の存在は、誰かにとっての恋愛対象というよりも、恋愛という大きな球の一部だと思うんです。だからこそ、登場人物たちや読者が、その球を手のひらで転がして、何度も眺めるように読むことができる。色々な角度から平を矯めつ眇めつ振り返ることで、恋愛って何だろうと考えました。

『二人キリ』村山由佳

 ――被害者の男性器を切り取った猟奇殺人として知られる「阿部定(あべさだ)事件」。脚本家の吉弥(きちや)は関係者の証言を集め続けてきました。定の幼なじみ、定を売った女衒、被害者の妻、新たな人生を歩き始めた定自身まで、当事者たちの語る言葉から、彼女はなぜ罪を犯したのか、その背景が浮かびあがります。

 花田 村山さんが阿部定を描くなんて、どんな作品になるのだろうかとドキドキしながら読みました。読み終えた時に呆然としてしまう迫力は、候補作中、群を抜いていました。早く結論が欲しい人には向かないかもしれませんが、いろんなものを留保しながら読める人、深さを味わえる人のための本で、まさに大人の小説だと感じました。

 高頭 村山さんの作品はほとんど読んでいますが、「阿部定×村山由佳」と来たら「エロい小説だろう」と、多くの人が期待すると思います。でも、読み進めてみると極めて純愛性の高い小説でした。阿部定と訊くと、皆ニヤリとして「アレを切った人ね」と反応しますが、事件そのものは実はあまり知られていない。この作品は史実を追いながら、吉弥という架空の人物を登場させて、物語に仕立てています。彼女の思いが強くなっていったのは、被害者である石田吉蔵(いしだきちぞう)が全部を受け止めてくれる男だったからですよね。自分のままならなさを受け止めてくれる人を傍にずっと置いておきたかったという定の思いに、ぐっときました。

 花田 恋愛の定義ってすごく難しいですが、相手の幸せを願う気持ちを持つことでもあるのかなと思います。その点、定の短絡的な行動や、自分本位な考え方は、恋愛とは違うように感じました。一方で、定が「先生」と呼んで敬愛する野々宮が、彼女にまっとうな道を歩ませることができたとして、それで彼女は幸せになれたのだろうか、ということも考えました。彼女のしたことはおろかですが、しょうもない感情に苦しんで右往左往するのが人間ですよね。「バカなことはやめなさい」と言われても欲望に抗えないこと、幸せとは何か、恋愛と性愛は違うのか、性愛において実りのあるもの/ないものの境目などあるのか……ということまでも、考えさせられました。

 山本 読み応えがあって、“大人の小説”として本当に優れた一作です。でも大きく括るなら、女性の一代記に分類されると思います。村山さんの『風よ あらしよ』(集英社)も女性解放運動家・伊藤野枝(いとうのえ)の人生を描いた作品で、この系譜につながる作品ですよね。定に恋愛が作用していくというよりも、彼女が恋愛を説き伏せていく物語と感じたので、恋愛小説のジャンルには収まりきらないのではないかなと思いました。

 川俣 2人は恋愛をしていたのだろうか、というところは私も悩みました。阿部定の「2人きりになりたい」という願いも、「2人の世界に入りたい」ではなく「相手を自分のものにしたい」という所有欲ですよね。自分を全肯定してくれうる存在ということを除いて、一体彼女にとって石田はどんな存在だったのかをもう少し知りたかったです。

 高頭 作中でも取り上げられていますが、坂口安吾(さかぐちあんご)が阿部定のところへインタビューに来たのは事実だそうです。実際の記事を読んだところ、定が「ほんとは、あたしがうまく書ければ、自分の気もちを書いてみたいくらいなんです」と発言していました。もし阿部定が村山さんのような作家と出会っていたら、彼女の気持ちも昇華されたのではないか、と勝手に想像してしまいました。村山さんは小説を書くことによって、彼女の深い想いまですべて掬い上げようとしたのではないか、と感じます。

 この作品は、心と体はどうしようもなくつながっているというところまで踏み込んでいますよね。阿部定と訊くと「性欲を押さえ切れなかった」と思考停止してしまいそうですが、「ああ、阿部定はこんな思いでいたのか」と読者に納得させるほどに、深く書かれています。『二人キリ』ほどの濃厚さがあってこそ“大人の恋愛小説”といえるのではないでしょうか。

 川俣 個人的に、全候補作の中で一番“恋愛してる”と感じたシーンが、作品の終盤に登場します。しかもそれは作中のサイドストーリーにあたる箇所で、映画仲間が吉弥に「きみがそばにいてくれないと駄目らしい」というセリフが出てきて、胸がキュンとしたひと言でした。定と石田とはまた違うこの2人の関係をもっと知りたいと思いましたし、恋愛を読むとするならばこのストーリーが最も直球かなと感じました。本筋以外のところまで緻密に描かれているのも、この作品の大きな魅力ですよね。

『星が人を愛すことなかれ』斜線堂有紀

 ――地下アイドル「東京グレーテル」のメンバー・赤羽瑠璃(あかばねるり)は、解散寸前のグループを救う活躍を見せます。そんな瑠璃を推す恋人にやきもきする冬美(ふゆみ)、Vtuberとして再起を図る「東グレ」元メンバー雪里(せつり)、メンズ地下アイドルと付き合っている現メンバー希美(のぞみ)、そして自身も恋愛に振り回されている赤羽瑠璃……。アイドルたちにまつわる恋を描いた連作短篇集です。

 花田 自分の内面の醜さや、恋愛感情のみっともなさに、登場人物たちも作者自身も、非常に自覚的な小説だと思いました。アイドルを推す気持ちと、隣のパートナーを愛する気持ちはどう違うのか、という問いへの答えを、私たちはまだ出せていませんよね。個人的に一番好きだったのが3篇目の「枯れ木の花は燃えるか」。ひとりのメンズ地下アイドルと繋がっているファンの女の子たちが炎上をきっかけに一堂に集まって、「自分こそが本カノ」「自分こそが大切にされていた」とアピールし合い、それぞれの理論で互いを罵倒しながらもその不毛さを理解もしていて、連帯もしている、というところなど……感情のやっかいさが、とても的確に書かれていました。「結婚するほうが愛の紛い物なんだ」と冬美が言いますが、赤羽瑠璃はファンの結婚に打ちひしがれる。誰もが、手に入れられなかった幻想を追いかけているみたいでした。

 山本 推し活や恋愛にまつわる行動を通して、登場人物たちが相手の記憶にどう残るかを競うゲームをしているように感じました。それぞれが思いを寄せる相手とどうかかわるかを模索しながらも、各々自制心があり、あるところで踏みとどまりますよね。その描き方もお上手でしたし、文章のキレも素晴らしかったです。これから斜線堂さんが恋愛に対してどのように向き合って、どう小説に書かれていくのかなということもすごく楽しみに思える一冊でした。

 高頭 まさに私、ファンクラブイベントの長い行列に並びながら読んでいました。推し活することが当たり前になった今だからこその小説だなと感じました。推されるアイドルの側もSNSで自信なさげであったり、誰かのひと言に本当に感謝したりしているのを見ると、この物語がすごくリアルに感じるんです。

 冒頭の短篇「ミニカーを捨てよ、春を呪え」を読んだ後と、最後の「星の一生」まで読み終えた後とでは、すべてがガラッと変わって見えますよね。人間は、誰もが自分のもらえていないものを渇望している。だからこそ、嫉妬したりマウンティングしてしまう生き物だということが、ものすごくよく描かれていました。過去作の『愛じゃないならこれは何』(集英社)にも赤羽瑠璃が登場しますが、この作品を読むとまた印象が変わります。ビビッドに描かれた人間の姿が魅力的ですし、「赤羽瑠璃、推したいな」とも思いました(笑)。

 花田 私自身、アイドルを推したり、熱中して応援した経験がないのですが、ファン側もアイドル側も、両方の気持ちが分かるなと感じました。元アイドルがVtuberとして活躍する表題作「星が人を愛すことなかれ」で、可もなく不可もないプライベートの彼氏よりも、自分を推してくれる不特定多数のファンの方が大切だと思うことだってあるのだ、と教わりましたね。仕事だと考えたら、彼女の気持ちはよく分かります。

 一方で、推し活をする人の、群れて行動したり、「ビジュがいい」など紋切型の表現を多用する姿は、大人らしいとは言えないかもしれない。でも、この小説の素晴らしい点は、推し活を書いたことではなくて、ああでもないこうでもないと悩み続ける大人特有のややこしさを描いているところですよね。現実にも、推しと“ガチ恋”は違うと割り切った素振りを見せながらも、推しの結婚報道には阿鼻叫喚する人たちがいます。これは、今の時代に生まれた新たな感情といえるかもしれません。

 川俣 確かに、『一番の恋人』と同様に、新しい恋愛を感じさせてくれた作品でした。思えば、私が江國香織(えくにかおり)さんの恋愛小説を読んでいたのは、10代の頃だったんですよね。知らない世界を覗いたり、「こういう恋愛もあるのか」と驚いたりしたものです。大人っぽい恋愛小説よりも、10代の子が恋愛についての考えを広げるような作品が今の「大人の恋愛小説」と言えるのかもしれません。

 高頭 今年刊行された、高瀬隼子(たかせじゅんこ)さん『新しい恋愛』(講談社)が象徴的で、やはり恋愛の形はどんどん変わってきていると思います。会社帰りの多くの若い女性たちが、江國さんや山本文緒(やまもとふみお)さんを電車の中で読んでいる時代もありましたが、今はそういう作家っていないですね。でも、今も当時も変わらないのは「人の気持ちってままならない」ということ。「源氏物語」の頃から変わらないテーマですが、この小説で書かれる感情というのも、ままならなさの進化系だと感じました。

 花田 かつてイメージされていた「大人の恋愛」と、現代の大人たちの実際の恋愛との間に、かなり距離が空いてしまっているのでしょうね。20年前だったら、ドラマで描かれるような、しっとりした性愛込みの恋愛に、皆があこがれを抱いたと思います。しかし今は夜景の綺麗な高層階にあるレストランに恋人と行きたい、なんて願いは一般的でなくなってきている。『失楽園』が流行していた時のような、濃厚な大人の恋愛にあこがれて実行する人はもはやあまりいません。時代と共に大人の恋愛小説に求められるものも変わって来ているのだとすれば、私は斜線堂さんに票を投じたいと思います。

 ――議論を尽くしていただき、最終投票を行った結果、斜線堂有紀さん『星が人を愛すことなかれ』の受賞と決しました! ありがとうございました。最後に、みなさまのオールタイムベスト・大人の恋愛小説、そして恒例の最近面白かった恋愛小説を伺えますでしょうか。

 川俣 オールタイムベストは江國香織さん『きらきらひかる』(新潮文庫)です。最初に読んだのは中高生のときで、受けた衝撃の大きさを今でも覚えています。「こんな世界がある」ということを教えてくれた一冊でしたし、これまで沢山恋愛小説を読んできましたが、忘れられない作品です。

 高頭 私は、中山可穂(なかやまかほ)さん『感情教育』(河出文庫)を挙げます。私自身は恋愛のことがよく分からないとずっと感じていた人間で、やっかいな恋愛に執着する人たちの気持ちが分からなかったんですが、この作品を読んで少し分かった気がしました。冒頭から作品の3分の1ずつを2人の女性の来し方に割き、3分の2を過ぎたところでようやく2人が出会います。自分が生きてきた人生があって、その上に「この人でなければだめだ」という恋愛感情が生まれるのだと理解できたんです。中山さんの作品はどれも熱量があって惹かれますが、私は『感情教育』が一番好きです。

 花田 私は、主人公が唯一無二の相手に恥じない生き方をするストイックな姿勢を持った恋愛小説が好きで、三浦(みうら)しをんさん『ののはな通信』(角川文庫)がベストです。文通の形式で描かれる作品で、十代で出会って結ばれた後離れてしまった2人が、人生の折々にやりとりを再開する。互いにそれぞれの人生を歩んできて、あまりに現在地は違うけれど、「自分の人生にとって、あなたは本当に特別だった」ことを確認できるんです。読みながら抱いた感情が今の私を形づくっている作品です。

 山本 僕は島本理生(しまもとりお)さん『Red』(中公文庫)です。この賞の選考で様々な恋愛小説を読んできましたが、「島本さんだったらこのテーマをどう描くんだろう」といつも考えていました。島本作品は僕にとっての羅針盤とも言えるかもしれません。初期は『ナラタージュ』(角川文庫)など思春期の恋愛小説が多かった著者にとって、『Red』は、それ以前/以後を分ける分水嶺のような作品だと思います。言ってしまえば不倫小説ですが、主人公の塔子が30代女性としてどう成長していくか、恋愛が彼女にどう作用するかという、恋愛と人間がかみ合った読み応えのある作品です。

 最近面白いと思った恋愛小説は、2作あります。一木(いちき)けいさん『彼女がそれも愛と呼ぶなら』(幻冬舎)は、今顕在化している問題への答え合わせのような作品でした。ポリアモリー(複数愛)の母親が複数の男性と同居する家庭で育った女子高生が主人公。物語の中盤で娘に彼氏が出来るのですが、デートDVの被害に遭うなど、色々な問題提起がされた作品だと思いました。2つ目は、深沢仁(ふかざわじん)さん『ふたりの窓の外』(東京創元社)です。昨年、川俣さんが推された『眠れない夜にみる夢は』(東京創元社)に近い感覚の一冊です。恋愛には至っていない関係の輪郭のなぞり方がすごく上手で、互いの気持ちを尊重しあっていながらも、優しい身勝手さもあふれる。好意の描き方がすごく良かったです。

 川俣 私は恋愛ものを最近読めていないのですが、霜月流(しもつきりゅう)さんの江戸川乱歩賞受賞作『遊廓島心中譚』(講談社)が面白かったです。殺人事件の真相究明と、愛とは何かという問いが一緒に進む物語で、惹きつけられながら読みました。

 高頭 最近のものだと、一穂(いちほ)ミチさん『恋とか愛とかやさしさなら』(小学館)です。プロポーズされた翌日に、彼氏が女子高生を盗撮して逮捕されます。主人公の新夏(にいか)はカメラマンで、「撮る」という行為も物語に深くかみ合ってくるんです。盗撮する側もされる側も、その行為を見て悲しむのもみんな人間で、盗撮をした恋人に対してどんな選択ができるか……本当に考えさせられました。

 川俣 私もこの作品読みました! 恋愛小説ではありますが、何よりも恐ろしさが勝って、ホラーのようでした……。

 花田 私は金原(かねはら)ひとみさん『ナチュラルボーンチキン』(河出書房新社)を推します。金原さんって初期作品しか読んだことのない方には「過激で暗い」イメージがあるかもしれませんが、この作品はだいぶ柔らかい。10代の頃とは違って色んな事情を抱えた大人同士が出会って恋愛する物語で、ドロドロとした恋愛ではなく、友情に近い関係を築くところが、今っぽいと思いました。

 ――これからも恋愛小説を楽しんでいきたいですね。ありがとうございました。

(2024年11月5日収録・「オール讀物」1・2月号掲載)


『星が人を愛すことなかれ』収録作品紹介

「ミニカーを捨てよ、春を呪え」冬美は大学在学中に出会い交際を開始した渓介を、可もなく不可もなく、人生の伴侶にふさわしい相手だと確信していた。彼に、地下アイドルグループ「東京グレーテル」の赤羽瑠璃という推しがいると知るまでは。

「星が人を愛すことなかれ」Vtuberの羊星(ひつぼし)めいめいこと長谷川雪里は、恋人との別れを決意。彼は「東グレ」卒業後、アイドル活動に心残りのある雪里を支えてくれた相手だった。彼女には他に人生を捧げたいものがあり――。

「枯れ木の花は燃えるか」「東グレ」メンバーの香椎希美は、メンズ地下アイドルの彼氏がSNSで炎上中。彼には多勢の「繋がり」がいるらしかった。炎上を激化させるため、希美は彼女たちに会いに行くことにした。

「星の一生」赤羽瑠璃は、自分のファンがSNSに投稿した言葉をアイドル活動の支えとしてきた。ある日、そのファンが結婚式を挙げると知り……。

雑誌・ムック・臨時増刊
オール讀物2025年1・2月号
オール讀物編集部

定価:1,500円(税込)発売日:2024年12月20日

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