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フリーカメラマンである時岡直志は、師である大山一郎の自宅を目指していた。「カメラマン廃業を考えたときは、一度だけ俺のところに相談に来い」という大山のその言葉に従ったのだ。大山から、知り合いの中華料理店での仕事を紹介されるも、直志の気持ちは定まらない。カメラマンの仕事に未練が残る。とぼとぼと家路につこうとしていた直志に、空から声が降ってくる。「戻れ」と。
その声に背中を押されるように、大山の自宅に戻った直志に、大山は告げる。一週間後の同じ時間に、答えを持って来な、と。ただし、と大山から出された宿題は、「これまで自分にいちばん足りなかったものは何か、考えてくるんだ」というものだった。
カメラマン人生にもっとも足りなかったもの、を自問しつつ帰路についた直志に、息子の玲司からスマホにメッセージが入る。高一の一学期も終わらないころから、玲司は不登校になり、以来、一度も家を出ていない。そればかりか、家にいても直志に姿さえ見せなくなっていた。やりとりは、もっぱらスマホを通じてのみ。
八年前、妻が白血病で亡くなって以来、直志は玲司と二人で生きて来た。けれど、カメラマンとしての仕事は尻すぼみであり、今では生ゴミ回収のバイトで生計を支えている。
直志は、「範とすべき父親像」を持っていない。直志の父は、模範となるような男ではなかった。借金で身を滅ぼし、自殺ともとれるような事故を起こして亡くなったのは、直志が今の玲司くらいの歳の頃だ。だから、玲司に対して、父親としての接し方が分からない。このままでいいはずがない。でも、息子のことも、仕事のことも、途方に暮れるばかりだ。
物語は、そんな人生どん詰まりの直志が、一泊の撮影仕事で訪れた伊東で、またまた謎の声に「来い」と命じられるところから転がり始める。かつて、亡くなる直前に父親が出かけていた伊東競輪場に足を向けた直志は、道の途中にあった神社で地震に襲われる。揺れが収まり、競輪場のアーチを潜った直志は、三十年前、1993年の世界に迷い込んでいた。父と“再会”した直志は、これまで知り得なかった父のこと、父が周りの人々に見せていた顔を知っていく。
この直志の父親というのが、もう本当にダメ男なんですよ。薄っぺらだし、見栄っ張りだし、しれっと嘘もつく。尊敬なんて全然できなくて、直志には失望しかない。とはいえ、我が身に立ち返ると、玲司にとっての自分もまた、不甲斐なく情けない。
直志は元の世界に戻れるのか。過去の世界で、父親の死の真相を知ることはできるのか。大山から出された宿題の答えは見つかるのか。はらはらしながら読み進めていくと、物語のラスト、ある事実が明らかになる。その時、本書のタイトルが、圧倒的な説得力で、胸に落ちていく。直志と父、直志と玲司、不器用にしか生きられない父子三代が、俄然、愛おしく映る。
親子関係に悩んでいる人には、とりわけ一読を勧めたい。いい小説だ。
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