
- 2025.07.09
- インタビュー・対談
「他人に対して優位に立ちたい支配欲、征服欲が背後にあるんじゃないか」塩田武士さんが最新刊『踊りつかれて』に込めた想い
塩田 武士,竹田 聖
「週刊文春」編集長、すべての疑問に答える #3
〈「不倫LINE vs 政治スクープ」週刊文春編集長が語るメディアの現実と葛藤〉から続く
誹謗中傷をテーマにした長編小説『踊りつかれて』。作中で、週刊誌報道やSNS上の情報が”暴力”へと転じる社会を描いた塩田さんが社会に抱く怒りと希望とは。(全3回の3回目/最初から読む)
◆◆◆
インスタに並ぶ地獄のようなコメント
塩田 そうなると、さっきの話にもあったように、読者の側、我々一人ひとりの意識を変えていくしかない。結局それがいちばん早い道かもしれません。僕もそのために『踊りつかれて』を書いたところがあって、希望はもっているんです。というのも、自分が子供の頃、野良犬がその辺を歩いてたし、タバコの吸い殻が落ちていたし、ゴミの分別もしてなかったけれど、今はすごく綺麗になってる。基本的に人類って、自分たちの倫理観を向上させていく存在だと思うんです。
ひるがえって、たとえば不倫が報じられた女優さんのインスタを見てもらったらわかりますけど、もう地獄のようなコメントがついてますよ。よくこんなに人の心を抉れるよなあと驚くような、選び抜かれた苛烈な言葉が並んでいる。
竹田 うーん。

塩田 こんな目を覆うような状況が今後10年、20年と続くとは思えないし、僕自身、週刊誌の愛読者として、年齢が上がったせいかもしれないけれど、スキャンダル記事をあまり読まなくなってきている。日本人の不倫報道に対する考え方、芸能人は準公人なのかという点も、徐々に変わっていくと思うんですよ。きっと何らかの転換点はあって、50年後には「昔は芸能人の不倫がニュースになってたの?」と驚かれる時代になる。自分たちの生活とか暮らしに直結する記事がもっと大事に読まれる社会が来ます。
竹田 そのとおりだと思いますし、実際、編集部の現場も常に変わり続けてはいるんです。ひと昔前、たかだか15年、20年くらい前の週刊誌には、まだ見出しに「ハゲ」「デブ」「ホモ」「チビ」なんて言葉があったと思います。今は完全に消えました。そんな言葉を活字にするなんて頭おかしいと誰もが思う時代になったからです。もう少し最近だと、たとえば「巨乳〇〇」とか「美人〇〇」、こういう見出しもなくなりつつあります。ある臨界点を超えると、流れは一気に変わるものですから、50年といわずもっと早い気もしてるんですが、タレントのデート写真を載せるなんて頭おかしいんじゃないの、というふうに読者の感じ方が変われば、うちも含めてすっと記事は消えていくでしょう。
塩田 僕はもともと新聞社にいまして、同じような経験をしています。それは被害者の顔写真ですね。
竹田 ああ、なるほど。
「なぜ批判しなきゃいけないんだろう」20代の編集部員の感覚
塩田 入社したのが2002年だったんですが、当時はまだ事件が起こると、被害者の顔写真を入手しないとダメだったんですよ。だから新人記者はもう徹夜で地域を這いずり回るわけです。
でも、被害者側の弁護士さんに「なんで写真がないとダメなんですか」と聞かれたら、言い返せないんですね。もちろん被害者の顔があれば多くの人に読んでもらえる、事件の抑止効果に繋がるなど、理屈はいくらでも言える。でも、僕自身、内心、写真がなくても記事は成り立つと思っていました。今では、顔写真は載らなくなりましたね。
竹田 そうですね。最近は、事件発生直後、被害者側の弁護士さんから顔はもちろん名前も住所も出さないでほしいと申し入れがくるケースも増えています。
塩田 そういう潮目って、何によって変わるんでしょうね。何か一つポンと象徴的な出来事が起きて変わるのか。みんなの意識が少しずつ変化して、気がつけば変わっているのか。
竹田 編集部には毎年、若い社員が入ってきます。20代の社員が多い職場ですから、自然と今の感覚にアップデートされていく面もあります。どうして人のことを批判しなきゃいけないんだろう、もっと前向きな記事を書きたいという記者が増えている気はします。取材する/しない、記事にする/しないの基準を教えてほしいと言われることもあります。
塩田 マニュアルがほしいと? 明文化するのは難しいでしょうね。

竹田 難しいんです。マニュアル化はできませんね。結局、一つ一つの案件で、出来事の性質、取材対象者の社会的影響力、公益性とか、大げさですけど人間の尊厳といったことまで考えて、判断していくしかない。具体的なことは言いにくいですが、先ほどの女優さんの記事についても、第2弾をやる必要はあるのか、やらなくていいんじゃないか、という声がありました。直接、私にそういう意見を言ってくれる編集部員もいて、真剣に考えましたね。
やる、やらないの判断もそうですし、取材で得た情報、たとえばLINEの内容をどこまで出すかも、悩みながら慎重に検討します。全部書けばいいというものではありませんから。
塩田 わかります。事実だからといってすべてを明け透けにしていいはずはない。新聞社でも、事件の被害者を取材していると、被害者にとってマイナスの情報なんていくらでも出てくる。でも、それはよほど事件に関係した情報でなければ書きません。時々それを「忖度」だとか「報道しない自由」だとか揶揄されることもあるんだけれど、そこはAIじゃなくて人間が書いてるんだから、当然、考えますよね。
他人への支配欲や征服欲が背後に
竹田 取材対象者は人間ですし、記者も人間ですからね。そういう葛藤の中から、いずれ「準公人」の判断も、自然と変わってくるんだろうと思います。
塩田 こう話している間に変わる可能性もある。追いつめられる被害者をなくすためには、どうすればよいか。匿名のSNSのやりたい放題を抑制するには、一つは名誉毀損の厳罰化とか、賠償額の増加という流れになると思うのですが、いかんせん数が多すぎる。やはり、誹謗中傷やフェイクニュースが社会悪である、公害であるという認識を共有して、理想に向かって進んでいくことが大事なのかなと。
竹田 誹謗中傷、フェイクニュースももちろんですが、私は特に「何でもすぐに排除しようとする機運」に断固ノーと言いたいですね。何かあるとすぐハッシュタグをつけて「不買」を煽り、スポンサー企業の一覧を載せて抗議を呼びかける輩がいます。編集部でもいつも言ってるんですけれど、記事でタレントのスキャンダルを報じる時、「この人はCMで使うべきじゃない」「役を降りるべきだ」みたいな書き方は絶対しないように気をつけています。記事で誰かの行為を批判的に書くことはあっても、当人の人格まで否定するつもりはないし、「退場させよう」「辞めさせよう」などとは考えてもいないんです。「じゃあ書くなよ」と言われると辛いのですが、このことはしっかりと申し上げておきたいです。
塩田 SNSにはすぐ「不買」「文春廃刊」などと圧をかけたがる人がいて、決まって正義をふりかざしますよね。正義を語る人って、実は自分が気持ちよくなりたいだけなんじゃないか。他人に対して優位に立ちたい支配欲、征服欲が背後にあるんじゃないか、ということも、『踊りつかれて』で書いたつもりです。

竹田 連載中、塩田さんの怒りをひしひしと感じました。特に冒頭の「宣戦布告」を書いた人物の造型は魅力的ですね。大事な人に対して誹謗中傷をおこなった連中の個人情報を調べ、ブログで晒し、他方で自分の身元も隠さず、名誉毀損で告訴させる。警察の出頭要請を拒否して、あえて自らを逮捕、起訴させて、公開裁判までもっていく。理知的で行動力があります。
塩田 僕自身、SNSの誹謗中傷を見ると腹が立ってしかたがなくて、現実にこの人物と同じことをする人が出てきてもおかしくないと思いながら書いていました。これは決して僕だけの怒りではないはずで、フィクションの形で世に問うことで、少しでも現実を変えることができたらいいなという気持ちがあります。
小説家として常に「虚実の間に立とう」と思っていますが、今作ほど現実とリンクしている感触をもちながら書いたことはありませんでした。この作品を書くならここ、と思い定めていた週刊文春で連載できたことも嬉しかったです。
竹田 『踊りつかれて』は、私たちに向けても厳しい問いかけがなされる、考えさせられる作品です。そして、何よりもスリリングで面白い! 今日はありがとうございました。
(2025年5月14日、文藝春秋にて)
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