
楽しい夏休みがはじまってもずっと憂鬱なこと――昭和の時代の小学生にとってそれは、宿題の「読書感想文」だったのではないでしょうか。平成、令和と時代は移り、読書感想文を課す学校は減ってきたと聞きますが、文芸編集者としてこの厄介な宿題こそが、若者の読書離れを加速させてはいないかと、それでも心配になることがあります。
本が嫌いなら読まないでも読書感想文は書ける!?
というわけで、これまでもベテラン書店員さんや実作者の方を招いて、「読書感想文の書き方」講座なども開いてきましたが、そこでいちばん目からうろこが落ちたのは、「うちの子は読書が苦手で、まず本を読ませるのが大変なんです」という親御さんの質問に対し、2人の子育て経験もある書店員さんの答えは――「だったら映画やドラマを見て、その感想を書けばいいんです」と。
えっ? えっ? えっー? 本を読まずに映像だけで読書感想文を書くのは反則では、と戸惑いつつ、妙に納得してしまったのは、世の中には小説を原作にした名作映画やTVドラマが溢れているからです。しかし、そこには「原作と映像は必ずしも一致しない」という、大きな落とし穴が実はあります(「映像をノベライズしたもののほうが安全ですよ」とも教えてもらいましたが……)。

確かに小説を映像化する場合、尺(時間)や予算、そして何より文字と映像という表現形式が異なる事情で、原作の登場人物や名場面が省かれてしまうこともあれば、映像では新たなオリジナルキャラクターが活躍して、担当編集者もびっくりというようなことも起こります。が、それをまったく感じさせない、むしろ、小説もドラマもお互い相思相愛状態で展開された作品、かつ読書感想文にぴったりなのが、伊与原新さんの『宙わたる教室』です。
小説とドラマの奇跡的な相乗効果
そもそも、本作は第70回青少年読書感想文全国コンクール課題図書(高等学校の部)であり、定時制に通う年齢もバックボーンも異なる生徒たちが、科学部を結成してやがて全国大会へ挑むという胸アツの青春小説。最初から読書感想文向き書籍として誰にでもお勧めできる要素がぎっしり詰まっています。
ドラマでは、理科教師の藤竹を窪田正孝さんが演じ、第1話「夜八時の青空教室」では不良青年の岳人、第2話「雲と火山のレシピ」では子供時代に学校に通えなかったアンジェラ、第3話「オポチュニティの轍(わだち)」では保健室登校を続ける佳純、第4話「金の卵の衝突実験」では中学卒業後に集団就職した70代の長嶺と、「もう一度学校に通いたい」生徒たちの葛藤が丁寧に描かれ、放送を重ねるごとにSNS上でも評判がどんどん上がっていきました。

実は、このドラマの第1話から第4話のタイトルは、小説の第1章から第4章までとまったく一致しています。小説が7章仕立て、ドラマが10話仕立てであることから、ドラマのみ途中でJAXAサイドのオリジナル要素は加わるものの、藤竹先生の過去が明らかになり、ラストの学会発表という見せ場にも、大げさな脚色はほとんどありません。現在Amazonプライムで配信中のドラマ『宙わたる教室』を観て、安心して読書感想文に臨めるのではないでしょうか。
もちろん、本書のレビューでは、「ドラマに興味を持って原作を読んだら、より作品世界が楽しめた」といった声が多く見られます。小林虎之介さん演じる岳人のファンになった、という理由(原作者の伊与原新さんもそのひとりです)がきっかけでも、充分に小説『宙わたる教室』を丸ごと読むモチベーションになると思います。
短編集の中から好きなものをひとつだけでも
さて「読書が嫌い」といっても、その理由は人それぞれです。読まずにドラマを観て感想文を書くのは極論ですが、本を読むのに長い時間をとられることが、苦痛な場合もあるでしょう。そこでお勧めしたいのは「短編集を選ぶ」こと――褒められるべきことかどうかは置いておいて、これなら1冊すべて読まずとも、1篇だけを読んで書くことが可能になります。ただし緩やかにストーリーが続く連作短編集や、日常のミステリーの類はあまり向かないかもしれません。
この夏、読書感想文向きの短編集として、鉄板でお勧めしたいのは、青春小説の名手・額賀澪さんの最新刊『天才望遠鏡』。今年、デビュー10周年を迎えた額賀さんは、本作で5人の天才たちを登場させています。史上最年少でプロ入りした棋士、かつての「氷上の妖精」、抜群の歌声でオーディションを駆け上がる中学生、中央競馬を引退して競技馬に転向したサラブレッド、性格にかなり難があるベストセラー作家……将棋、フィギュア、芸能界、競馬、作家など、いずれか興味を惹かれた短編を読むだけであれば、読書のハードルはかなり下がるはず!

さらに、額賀さん自身、「読書感想文を苦しまずに書くコツ」をブログにまとめており、こちらは電子書籍『読書感想文を苦しまずに書く!』としても発売中。電子書籍版には、『天才望遠鏡』の第1話「星の盤側」が収録され、高校生がこの短編を読んで書いた実際の感想文も掲載されてるので、こちらも参考になりそうです。
小学生であれば、額賀さんの『読書感想文が終わらない!』をヒントに、物語を読みながら書き方を学ぶこともお勧めします。
髙橋藍選手が心に刻んだ小説とは……
誤解しないでほしいのは、読まないで見ること、1冊のうち1篇しか読まないことを推奨しているわけでは決してありません。『宙わたる教室』も『天才望遠鏡』のいずれも、あらゆる世代の読者の心を動かすことのできる、共感できる要素がいっぱい詰まっている作品だからこそ、まずは手に取ってみてほしいのです。
若い世代からの共感という意味で、ぜひもう1冊お勧めしたいのが、坪田侑也さんの『八秒で跳べ』です。バレーボール選手の髙橋藍さんが、本作に寄せてくれたコメントがそれをよく現わしているでしょう。
「日本一になりたい、バレーボール選手になりたいという一心で、毎日厳しい練習に立ち向かっていた日々を思い出した。あのコートの中で感じるプレッシャー、快感、チームメイトとの絆……どれもが尊いものだということも。多感な高校生だからこそ、一つひとつの出来事が大きく心に刻まれる。苦しんだ先に喜びがあることを、この小説は教えてくれる」

著者の坪田さん自身も刊行時はまだ21歳、自身の高校時代の経験が色濃く投影された小説です。もう大人になってしまった読者からすると、登場人物たちのクールな雰囲気は、王道のスポ根小説とはやや趣が異なるし、主人公の景と重要な役割を担う綾との間が、恋愛関係に発展しないのはむしろ潔いほど。けれど、彼らは全力で「好きなことに一生懸命になってはいけないのか」と自問自答し続け、だからこそのリアルなのだと思います。
ちなみに『八秒で跳べ』は2025年の中学・高校の入試問題に、数多く採用されましたが、入試問題とちがって、読書感想文に正解はありません。願わくば、その1冊との出会いが、夏休みのひとときに幸せな体験をもたらすものでありますように。
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