『天才望遠鏡』(額賀澪 著)文藝春秋

 天才望遠鏡。もう、このタイトルだけでわくわくしませんか? 天体、ではなく天才、の望遠鏡とは? その答えは、収録作「星原の観測者」に出てくる。

 直木賞の候補にも名を連ねるベストセラー作家でありながら、社会性はゼロどころかマイナス。意に添わないことがあれば、何にでも誰にでもガウガウと噛みつき、大きな音と睨みで相手を威嚇。釘宮志津馬(くぎみやしづま)はそんな作家だ。嫌すぎだろ、それ。

 そんな釘宮にとって、唯一の友人が星原イチタカだ。同じ出版社が主催する新人賞を受賞して、同時に作家デビューしたものの、片や超売れっ子、片や鳴かず飛ばず。クセつよ(強すぎ!)な釘宮と、クセよわ(穏やかすぎ!)な星原は、けれど出版界で15年やってきた戦友どうしでもある。今では、釘宮に忌憚なく説教できるのは星原だけだ。

 けれど、そんな星原を釘宮は喪ってしまう。「才能を持った人間なんて、実はたくさんいる。でも、天才は違う。天才は、才能を見つけた連中が、一方的にそう名づけるんだ。(中略)アイツの才能を、あんたを含め、ほとんどの人間は観測できなかったかもしれない。でも、俺はちゃんと観測してた。だから、アイツは天才なんだ」

 観測する者がいてこその「天才」。深い、深いぞ、釘宮。この言葉に込められた釘宮の、星原への哀惜に胸がぎゅっとなる。同時に、この言葉は収録されている他の4編に通底するものでもある。そのさりげない巧みさたるや。

 絶妙な連作となっている5編、それぞれがいいのだが、とりわけぐっとくるのが「カケルの蹄音(つまおと)」だ。

 中2で全国大会に出られたほどの長距離走の素質を持ちながら、生来の体質(足があんまり強くない)から陸上を続けることができなくなった高1の志木翔琉(かける)と、競走馬を引退し、翔琉の通う農業高校の馬術部に引き取られたズットカケル号。

 中央競馬で7年走っていた(凄いことなんですよ!)カケルは、けれど戦績は80戦7勝。名馬にはほど遠いので、血統を残すための繁殖馬にはなれない。カケルが馬術部に引き取られたのは「頭がよくて大人しくて、人と触れ合う才能は持ってた」からだ。加えて、カケルは、ファンからの人気投票で出走が決まる宝塚記念に出たことまである。レース記録には残らないが、ファンの記憶には残る。カケルはそういう馬なのだ。

 陸上への想いを消化できずにいた翔琉がカケルと出会ったことで、再び前を向く姿がいい(翔琉の担任で馬術部顧問の村井がいい味だしてます)。この1編が本書に編まれたことで、短編集としての厚みが、ぐっと増している。

 本書は、額賀さんのデビュー10周年記念となる一冊。節目を飾るのに相応しい、そして、新たな額賀さんのスタートをも感じさせてくれる傑作だ。

ぬかがみお/1990年、茨城県生まれ。2015年『ヒトリコ』で小学館文庫小説賞、『ウインドノーツ』(単行本改題『屋上のウインドノーツ』)で松本清張賞受賞。著書に『タスキメシ』『転職の魔王様』『青春をクビになって』『願わくば海の底で』等。
 

よしだのぶこ/青森県生まれ。書評家。「本の雑誌」編集者を経てフリー。著書に『恋愛のススメ』、共著に『ミステリースクール』。