「音が見える」共感覚を持つ音宮美夜が猟奇殺人鬼を追う、『キョウカンカク 美しき夜に』で第43回メフィスト賞を受賞しデビューした天祢涼さん。今年、作家生活15周年を迎えたが、ある時期からリアルな社会派ミステリーで改めて注目を集めるようになった。新境地を切り開いた裏にはいかなる心境の変化があったのか、現代社会のひずみとも言うべき社会問題にどのようなスタンスで臨んでいるのか、じっくり語っていただいた。
作家生活15年の変化とは?
――2010年に第43回メフィスト賞受賞作『キョウカンカク』でデビューされてから15年、天祢さんは初期作品から近作に至るまでに大きく作風が変わったといわれています。また、一番大きなターニングポイントになったのが仲田蛍シリーズの第1作『希望が死んだ夜に』であるということも衆目の一致するところです。
デビュー作から『希望が死んだ夜に』に至るまでに、天祢さんの中でどのような変化があったのでしょうか?
天祢 『キョウカンカク』のあらすじをご覧いただければわかるとおり、もともとはライトノベルとミステリーを組み合わせた作風に取り組んでいました。基本は漫画やアニメが大好きな「オタク」なんですよ(笑)。しかし、この路線はセールスを出せなかった(クオリティーが低かったとはいまも思っていません。文春さん含め、復刊のご相談はいつでも歓迎です)。
一方で、シリアス路線の小説を書きたい思いもずっと抱いていました。オタク趣味に邁進する一方で、以前は社会派ノンフィクションや文学小説などもよく読んでいたからです。
ラノベ+ミステリー路線がうまくいかず、どんどん仕事も減っていき、小説家として先は長くないと思っていました。2015年ごろのことです。「それなら、前々から書きたかったシリアス路線の小説を書きたい」と思っていたところ、日本でも子どもの貧困が大変なことになっていると知り、小説の形で世に訴えたいと考えたことが執筆のきっかけです。
佐野眞一、遠藤周作、横山秀夫
――影響を受けた社会派ノンフィクションや文学小説などの作品名や著者名を具体的に挙げていただけますか?
天祢 社会派ノンフィクションは、学生のころ、佐野眞一さんの作品をよく読んでいました。晩年はいろいろあって毀誉褒貶のあるかたですが、『遠い「山びこ」』『巨怪伝』『だれが「本」を殺すのか』など名作が多いです(ちなみに一緒にお酒を飲んだことが一度だけあります)。
文学小説は、遠藤周作作品を読みあさっていた時期がありました。『沈黙』から入り、有名どころはあらかた読んだと思います。
――天祢さんは1978年生まれですから、年齢からいうと遠藤周作さんは時代的にちょっとずれている気がします。なぜ遠藤作品に食指が伸びたのでしょうか?
天祢 子どものころ、狐狸庵先生ものの『ボクは好奇心のかたまり』が我が家にあって、長らく「遠藤周作はおもしろいエッセイを書くおじさん」だと思い込んでいました。しかし母に「純文学の巨匠だ」と言われて、「代表作のようだから」くらいの気持ちで手に取ったのが『沈黙』です(中学生のときだったかな?)。それで衝撃を受けて、遠藤作品を手当たり次第読んでいました。
純文学とは少しずれるかもしれませんが、横山秀夫さんの作品も大好きで、全著作拝読しています。「俺的横山秀夫」みたいな小説を書きたい思いはデビュー時から抱いていました。
子どもの貧困、児童虐待の実態
――仲田蛍シリーズでは、一貫してテーマに「子どもたちの貧困」「児童虐待」という社会問題を持ってきたのはなぜでしょうか?
天祢 もともとは「日本では子どもの貧困なんてたいしたことない」と思っていました。しかし、経済学の研究をしている知人から「よく調べた方がいい」と叱られて、自分なりに調べた結果、己の無知を思い知りました。それで書き上げたのが『希望が死んだ夜に』です。
刊行後、「こういう問題があることを知らなかった」という声を数多くいただきました。傍目にはわかりづらい状況ゆえに、理不尽な目に遭っている子どもがいる。そのことをもっと知ってほしいという思いから、仲田蛍が探偵役を務めるシリーズでは「子どもが巻き込まれる事件」を中心に据えることにしています。一方で、「不幸な子どもを商売に使っているのではないか」という後ろめたさというか、葛藤のようなものも絶えず抱いています。
――仲田蛍というキャラクターはどのようにして生まれたのでしょうか? 誰かモデルになったような人はいますか?
天祢 第1作『希望が死んだ夜に』の主人公は、ネガとのぞみという少女2人です。物語の構成上、彼女たちとは別に探偵役も必要なので、「事件を解決する装置」として生まれたのが仲田でした。子どもがかかわる事件なのでやわらかい雰囲気のキャラがいいだろうと思い、性別は女性に。さらに子どもに接する機会が多い生活安全課員がいいだろう、暗い世の中を照らしてほしいという願いを込めて名前は「蛍」にしよう……という風に徐々に設定を肉付けしていきました。
モデルはいます。最初の時点では、個人的に大好きなある女優さんがモデルでした。しかし書いているうちに小柄になったり、目許の雰囲気が変わってきたりして、いまはその女優さんのイメージからかけ離れています。
〈デビュー15周年を迎え広がり続ける“天祢ワールド”の魅力を、今年刊行された『陽だまりに至る病』(文春文庫版)など4つの作品から読み解いていく〉へ続く











