『プルースト効果の実験と結果』で鮮烈なデビューを飾り、青春/恋愛小説界にその名を轟かせた佐々木愛さん。

 待望の最新作『じゃないほうの歌いかた』は今年8月の刊行後大反響を得て、雑誌「ダ・ヴィンチ」12月号では「今月のプラチナ本」にも選ばれました!

 デビュー作の表題作は杉江松恋氏に「2018年恋愛小説短篇のベスト」と評され、第2作『料理なんて愛なんて』は第1回本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞にノミネートされるなど、令和で最も注目されている恋愛小説家です。

 最新作の舞台は、落合南長崎にある独立系カラオケ店「BIG NECO」。うだつのあがらない凡人たちの、人生の奇跡ときらめきを描く連作集です。

 一度読んだら忘れられない、一文一文が輝きを放つ小説たち。その魅力に取りつかれた担当編集が、佐々木さんの発想と執筆の源泉に迫る、メールインタビューです。

『じゃないほうの歌いかた』(文藝春秋)

◆◆◆

――新刊『じゃないほうの歌いかた』は、5作の連作短編とエピローグから成り立っています。「BIG NECO」というファニーな名前のカラオケ店を舞台に進行する群像劇になっていますが、佐々木さんはカラオケはお好きですか? 地元・秋田県と、現在お住まいの東京~神奈川と、カラオケ体験に差はあるのでしょうか。

佐々木 人が歌っているのを見るカラオケは好きです。しかし自分で歌うのは苦手です。ここ数年は、原稿の参考にするために潜入し、「東京」というタイトルの曲を流したり、そのカラオケ映像を拝見したりしていました。

 秋田県にはBIG NECOのもととなった「ビッグエコー」は無いようで、秋田にいるときは、東北にしかないらしい「カラオケ合衆国」というチェーン店に行ったりしていました。有り余る土地を活かした広いカラオケ屋さんで、おすすめです。

――カラオケにまつわる、忘れられない思い出などありましたら教えてください。

佐々木 大人数のカラオケに参加している最中、自分としては普通に楽しんでいたのですが、向かいの席にいたかたから「大丈夫?無理しないでね!」と優しいメールが届き、気を遣わせてしまっている……と反省した思い出があります。

――タッキー&翼「Crazy Rainbow」、筋肉少女帯「香菜、頭をよくしてあげよう」、島倉千代子「人生いろいろ」など、印象的な曲が「ここぞ」というタイミングでいい味を出していますね。作中に出てくる曲は、佐々木さんご自身にも思い入れのあるものなのでしょうか?

佐々木 それぞれ思い入れがあります。タッキー&翼は、小学生のころ今井翼さんのファンで、Myojoを切り抜いたりしていました。

 筋肉少女帯の「香菜、頭をよくしてあげよう」は、カラオケで歌っている人を見て、その歌詞にものすごく惹かれて、大槻ケンヂさんの書く歌詞が好きになりました。

「人生いろいろ」を好きになったのは、ウェブニュースの記者として働いていたとき、取材で島倉千代子さんの葬儀に行ったことがきっかけです。集まったファンの方々が「いろ・いろ!」と叫ぶのを見ました。

――一番最初に書かれたのが、2021年11月号「オール讀物」に掲載された「加賀はとっても頭がいい」。「好きな人の体温と同じ温度のお風呂につかる男女」が登場するお話です。本当に素晴らしい一編ですが、まずこの発想に驚かされます。どうやって、このシチュエーションを思いついたのですか?

佐々木 書いたのは、コロナ禍で体温を測る機会が多くなっていた時でした。「他人の体温をこんなに知れる時期って今までなかったな~」と思い、「好きな人の体温を知れたら、自分は何をするだろうか……」と考えているうちに、思いつきました。(発想は気持ち悪いかもしれませんが、小説は気持ち悪くないので、ぜひ読んでみてほしいです。)

――「加賀はとっても頭がいい」で、主人公のサナと彼女の恋敵・加賀が出会うシーン。大人数のカラオケでなんとなく相手の姿が目に入ってくる場面の描写が印象深いです。カラオケにいるのに、急に草原が目の前に現れるような、世界がくるんと変わるような文章だと思いました。佐々木さんが好きな/目指す文章の形はありますか?

佐々木 好きな小説や短歌などを読んだとき、見たことのない景色が心の中に生まれて、「いろんな文章に触れて世界を見る視力を上げていけば、いつかこんなふうに世界が見えるのかもしれない。見られるまでは生きたいな~」という気持ちになれるので、私もそんな文章を書けるようになるのが目標です。

――いつも何を見たり聞いたりされていますか? 発想の源になっているような、日常の一コマはありますか?

佐々木 発想の源はあまりないので、もっと色々見たり読んだりしたほうがいいと思います。

 雑誌は女性ファッション誌、美容雑誌、生活情報誌をはじめ、日経Woman、Tarzanなど特集に応じていろいろ読みます。かつて最も好きだったのは、Myojoに付いてきていた「YOUNG SONG」(通称ヤンソン、現在は廃止)という付録雑誌です。新発売のJ-POPの歌詞が大量に全文掲載されていました。歌詞を読んで小説を書きたくなる性質はヤンソン熟読によって培われたものかもしれないと今、気づきました。

 最もよく読む小説は、小川洋子さんの短編集『偶然の祝福』の中の「キリコさんの失敗」です。小説が書きたいのに書けないときに読むので、毎週のように読んでいます。特に最後の一行を読むと、自分も書けそうな気持ちになれます。

――収録作「池田の走馬灯はださい」は、ある東北の田舎町から東京に憧れをもって上京した女の子を描く一編です。地方女子なら誰しも感じたことがあるであろう「閉塞感」と、東京への過度なあこがれと適応に胸が詰まります。佐々木さんご自身も秋田県のご出身ですが、上京のきっかけや、上京した当時の思い出で印象深いものがありましたらお聞かせください。

佐々木 上京の直接的なきっかけは進学です。できるだけ透明人間のように生きたい願望があり、都会のほうが透明人間に近づけるんじゃないか?と思っていたと思います。

 上京後の印象深い思い出は、大学の入学式の日、想像以上の学生の華やかさ、堂々としている感に圧倒され、学食の隅で泣いたことです。

――胸が詰まるようなシーンもありながら、最後は光のほうへ向かっていく佐々木さんの筆致、素晴らしいです。本作は「元気になってほしい」と作られた曲と、登場人物の気持ちがリンクするような場面もありますが、「元気になってほしい」という気持ちは佐々木さんの中にもあるものですか?

佐々木 元気になってほしいというよりは、「元気はあってもなくてもいいけれど、幸せに過ごしてほしい」という気持ちが近いかもしれません。元気がないまま楽しく生きてきた者としては、「元気出して」と言われると「元気なくても楽しいよ」と言いたくなるのですが、そう言ってくれる人から素直に元気をもらえる人になりたいものだな……という気持ちで書きました。元気がない人が、元気がないまま幸せで楽しい小説を書けるようになりたいです。

――次回作につきまして。書いてみたいもの、テーマなど、ありましたら教えてください。勝手に佐々木さんのことを「令和最強の恋愛小説家」と書いておりますが、「恋愛小説」の現在、理想の「恋愛小説」についても、お伺いできればうれしいです。

佐々木 長編の恋愛小説を書きたいです。恋愛小説に救われてきたので、「令和最強の恋愛小説家」になれるものならなりたいです。

 恋愛小説の現在と言われるとまだわかりませんが、恋愛しないほうが生きやすい時代なのに恋愛してしまった、それで痛手を負ってしまった・負わせてしまった人が立ち直っていく物語は読みたいです。

 理想の恋愛小説で思い浮かべるのは、穂村弘さんのエッセイ『もしもし、運命の人ですか。』で書かれていた、「お互いの本名も年齢も知らない夫婦」が「毎年の結婚記念日に『贈り物』として、ひとつずつ互いのことを教え合う」ような世界です。すばらしいですね……。

佐々木愛さん