『じゃないほうの歌いかた』(佐々木 愛 著)文藝春秋

 ださいことを、ださいまま書くのは難しい。作家はカッコつけなので、小説のださいには裏がある。見方を変えればかっこよかったり、悲哀や味わいといった何かに昇華されてしまったりする。しかし佐々木愛は、ださいことをださいまま書ける。

「プルースト効果の実験と結果」では、地方に住む高校生カップルが東京の大学を目指して勉強に励む。ある日、男の子が東京に行った際、彼女にお土産として、東京の空気を詰めた瓶を渡す。

 既にださいが、男の子は大学進学後、先輩の女性にその思い出を話したところ、鳥肌が立つと大笑いされ、あだ名は瓶になった。しかもそれを別れ話として、地元に残る彼女に話すのだ。ださい。それを聞いた彼女も自己の糧にするが、ちゃんとださい。だが、10代の恋愛なんて往々にしてださいのだと気づかされる。

 本作『じゃないほうの歌いかた』はいろいろなだささを詰め合わせた作品集だ。1作目「池田の走馬灯はださい」の主人公・池田は、「カラオケのイメージ映像に出ていそうな女」と言われたことが2度もあり、そのことをださいと感じている。だから池田はカラオケを避けていたのだが、バイト仲間に強引に誘われてカラオケ店BIG NECOへ行くことになってしまう……。

 本作はこの店を舞台に、ゆるやかに繋がる連作短編集である。佐藤待男は昔、俳優をしていたものの、代表作は売れない曲のMVで数秒アップになった程度。現在では、反抗期真っ只中の中学生の娘に手を焼きながら、MVを見てほしいような見てほしくないような思いに揺れている。

 BIG NECOで働いている74歳の石崎は、客の歌唱履歴をせっせとメモしている。ある客が歌った曲の頭文字を並べると「やめたい、きえたい」となっていることに気がつき、その客を気遣うようになる。

 会社員のサナは、染井という一般男性に恋をしている。染井への憧れを通して、同じく染井に恋をする男性の加賀と仲良くなり、一緒にカラオケに通うようになった。そんな染井は小説家デビューするも全く売れず、結婚してそれでも結局ろくに書けずにいた。

 彼らは何かに成功していない、むしろ何かの夢を諦めた経験を持っている。本作は挫折で終わらせず、その後のださい生活を描く。ださく生き、音楽の歌詞や著名人の生き様にださく自己を重ね、ださく昔を思い出す。

 その回想の仕方やそこから導く教訓までださい。悲哀や味わいはない。ただただ、ださい。なぜなら日常生活とはださいものだ。ださい日々をどう解釈しようが、どう仕立てようが、ださい。

 だが、ださいと正面切って認め、ださく生きたほうが、だささをずらそうとするよりは、まだださくない。その果てに感傷が滲む。量は僅かでも濃厚な味わいがする一滴。貴重な数滴がこの作品に眠っている。

ささきあい/1986年生まれ。秋田県出身。「ひどい句点」で2016年オール讀物新人賞を受賞。19年、同作を収録した『プルースト効果の実験と結果』で単行本デビュー。他の著書に『料理なんて愛なんて』『ここにあるはずだったんだけど』。
 

わたなべすけざね/1992年生まれ。文筆家、書評家、書評系YouTuber。著書に『物語のカギ』、共著に『晴れ姿の言葉たち』等。


第1章「池田の走馬灯はださい」冒頭公開中! こちらからどうぞ!

第2章「加賀はとっても頭がいい」冒頭公開中! こちらからどうぞ!