鴨下 向田エッセイは、読者参加型なんですね。「あなた、これで遊んでいいわよ」という提示の仕方。完結した“作品”じゃなくて、ゲーム性がある。
向田 その筆の運びは、テレビドラマを書いていたことの影響ではないんですか?
鴨下 もちろんそれはあります。でも、とても読者を信用した文学ですよ。こんなに読者を信用している作家っていないんじゃないかな。フルコースの飯を食った感じはしないんだけど、何回行ってもいい飯屋ってあるじゃないですか。
諸田 次々に美味(おい)しいものがチョコチョコと出てくる。
鴨下 「メニューを変えろよ」と思うこともあるんだけど、「あのメニューで食いたい」ということのほうが多い。それは和子さんがやっていた「ままや」と似ていますよ。
向田 ありがとうございます(笑)。
鴨下 だから、読書というよりは愛読書になる。そこが向田さんのうまい手なんですよね。それと同時に、あの人はやっぱり時代の尖端を切った人で、エッセイにも小説にも通底しているのは、「もう甘えられないわよ。これからは、孤独に自分ひとりでいろんなことを判断しなきゃいけないのよ」と言っている。きついことを書いているのに、それがノスタルジーという衣にくるまれているから聞きやすい。向田さんはお説教の仕方も心得ていて、日本人にいちばん効くのはお坊さんが「お釈迦様はね」と語るようなあのパターンです(笑)。あとは、「ひとりで考えなさい」と突き放すんだよね。周りをよく見ると、誰も何も頼りにならない。だから邦子さんは孤独に自分ひとりで考えたに違いない。孤独感がなくて孤独という、非常に今の世の中には理想的な生き方だよね。
諸田 向田さんがいま支持されている理由はそこですね。
鴨下 なおかつ、その人が社会生活を送るときにどういうことが大事かということが、孤独から自立するためのノウハウとして書いてある。しかもノスタルジーにくるまれた書き方だから「戦前の家庭生活はよかったね」という読者もいるし、孤独じゃない家庭生活を送っている人も「やっぱり家族がいるから私の気持ちは安定している」というふうに読める。だから読者が絶えずたくさんいるんです。
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。