砂原浩太朗さんによる「藩邸差配役日日控」シリーズの第2作『星月夜』が、3月24日に発売されます。藩の“なんでも屋”として、お殿様の身辺諸事から襖障子の張替えまで、あらゆる庶務を取り仕切る藩邸差配役の里村五郎兵衛が藩内の問題に向き合います。

 前作『藩邸差配役日日控』では、五郎兵衛の人柄に惚れたという読者の声が寄せられました。従来の時代小説にはなかった「裁かない」主人公が魅力の同シリーズ。五郎兵衛の同僚や部下たちの人生にもスポットを当て、さらに広がりを見せた神宮寺藩の世界について砂原さんに聞きました。

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『星月夜』

――藩邸差配役というユニークな役職は、どのようにして生まれたのでしょうか。

砂原 オール讀物さんから連載の依頼をいただいたときに、江戸藩邸に総務部があったらおもしろいなと思ったのがきっかけです。

 僕も会社員を経験しており、入社するとすぐに総務部付きとなって、2か月ほど研修を受けました。総務の方には本当にお世話になり、会社を辞めて四半世紀ぐらいになるのですが、今でもそのうちの何人かと年賀状のやり取りをしているほどです。総務って会社の隅々まで色々なことに気を配る役職なのだなと、とても興味を持ったことを覚えています。

 そして、先日友人と話していて思い出したのですが、20代の頃にサラリーマン漫画『総務部総務課 山口六平太』(原作:林律雄、作画:高井研一郎)を愛読していました。一見冴えない自動車会社のサラリーマンが、人徳で社内の困りごとを解決していくという漫画で、画もかわいらしくて好きでした。その後遠ざかって、すっかり忘れていたのですが、友人に「そういえば六平太も“何でも屋”って言われていたよね」といわれ、無意識の内に自分のなかに蓄積されていたのだなと気付きました。

断罪しない新しいヒーロー像

――1冊目の『藩邸差配役日日控』を2023年に刊行され、里村五郎兵衛というキャラクターについて読者からどのような反応がありましたか。

砂原 里村の人柄に惚れた、という声をいただきましたね。彼は“裁かない”んです。藩邸差配役は、藩の中の各部署を円滑ならしめるために作られた役職という設定ですから、人の悪事を暴いたりジャッジしたりはしません。

 調整型ヒーローといいますか、断罪しない主人公で、もしかしたら、今の時代にマッチしていたのかなという気がします。近頃は、ジャッジされることに疲れてきている方が多いのではないでしょうか(笑)。里村のように、なるべく人を殺さない、死なせたくないというモチベーションで動いている主人公は、新しいヒーロー像なのかもしれません。

――五郎兵衛がいわば総務部長といった中間管理職であるのも、そういったお考えから生まれたのでしょうか。

砂原 時代小説を読んでくださるメイン世代の方々には、中間管理職というイメージにピンときていただける部分があるのではと思い、このような設定にしました。中間の人って下からも上からも突き上げがあったりして、実は一番大変なんじゃないかと思うんです。また、総務部という位置づけですから、大工さんのような町人とも関わりがあるし、家老のような上の立場とも関わりがある。色々なドラマが生まれるだろうと思いました。

脇役たちの人生を掘り下げる第2作

――『星月夜』では、五郎兵衛以外の登場人物たちにもスポットが当たります。第1章の「波と波」では、御用絵師の相談から家老の側近・波岡喜四郎の意外な一面が明らかになり、「碌々亭日乗」では五郎兵衛の部下である安西主税の父親の隠居後の生活が描かれます。

砂原 2作目以降は五郎兵衛以外の人物の生活や人生を掘り下げていこうということは、当初から意図していました。波岡もそうですし、いつも呑気で、やる気のない五郎兵衛の部下の安西主税の私生活なども出てきます。これからもサブキャラクターの掘り下げはしていきたいですね。

砂原浩太朗さん(写真:文藝春秋)

――隠居した武家や職人といった、年齢を重ねた世代を描かれることも多いです。

砂原 当時の武家は、50代だと隠居していることも多いです。平均寿命も短いですから、今の年齢プラス10歳ぐらいの年齢をイメージしていただくといいかなと思います。

 現代はもっと寿命が延びて、引退後の生活をどうするのかがすごく切実な問題になっていますよね。しばしば時代小説を書いていて、意図せずに現代の問題につながっていたということがあるんです。今作でも、引退後の生活をどう充実させるかといったテーマを、図らずも書くことができたかなと思いました。

白でも黒でもない「あわい」を見つめる

――『星月夜』の後半では、五郎兵衛の長女・七緒が亡き夫の手控えを義母に読み聞かせることから、驚くべき新事実が明らかになります。その事態に五郎兵衛がどう向き合うかが、作品の大きな読みどころとなっています。

砂原 今作のラストでは、五郎兵衛にもなかなかすんなりと受け入れがたいような大きな事件が起こります。そこに彼はどう対処するのかという場面が一つの読みどころです。僕自身も、この作品を読み終わった読者の方に、あなたならどうしますかと聞いてみたいほどです。

 僕は、白でも黒でもない「あわい」、つまり間を見つめられるのが里村五郎兵衛である、と思っていて。もやもやしたものをちゃんと自分で受け止められる人であってほしいと願って、『藩邸差配役日日控』という物語を書いています。作者としてはラストの行動こそが里村五郎兵衛なのではと思って描いているので、ぜひ五郎兵衛たちの行く末を見届けていただければ嬉しいです。