インタビューほか

新選組三番隊長・斎藤一が語る幕末の歴史と生死の哲学

「本の話」編集部

『一刀斎夢録』 上下 (浅田次郎 著)

──坂本龍馬をはじめ実に多くの人を殺して生きながらえた斎藤一だからこそ語れることですね。

浅田 あらゆる歴史小説、時代小説においては生死の哲学を持ち込むのはタブーともいえます。いちいち「なぜ殺す」と考えていてはチャンバラになりませんから。そういう意味では『一刀斎夢録』という小説は、時代小説のタブーをもって新選組を総括するという試みでもあります。

──生死の哲学は、結末に近づくにつれ色濃くなり、西南の役の戦場に立った斎藤が思いも寄らぬ運命に遭遇することになる、夢幻的な場面に凝縮されているように思いました。

浅田 西郷隆盛蜂起の報(しら)せよりも九州派兵決定の日付が先だったり、西南戦争が抱える数多くの矛盾については昔から私なりの解釈をもっていました。つまり、日本軍の近代化推進を目的とした西郷と大久保の大芝居ではないかという仮想です。軍制整備のための壮大な演習だと考えると、多くの疑問点に解決がつくのです。でも裏付けはありませんから、あくまでも私の説。想像と推測で説を立てるとは、小説家にだけ許された醍醐味。私がことあるごとに「学者ではなく小説家になって良かった」と思うゆえんです。

──三部作を完成なさって、あらためて浅田さんにとっての新選組とはどのようなものでしょうか。

浅田 十代の頃からの新選組ファンで、はじめはその滅びの美学に惹かれるものがありましたが、四十年かけて付き合ってきた今では、何より人間ドラマとしての面白さに魅力を感じます。

──明治を隔てて斎藤一が冷静に新選組を振り返ってみせる言葉のなかには、現代のサラリーマンが読んでも思い当たる節がある含蓄に富んだフレーズがたくさんあります。

浅田 社会の形や組織もまた人間と同じくそうそう変わるものではないですから。現代にも斎藤のような男は案外いるでしょう、ニヒリストで内向的で、そのくせ仕事は人一倍できる。斎藤が近藤や土方と決定的に違うのは出世や名誉や金銭など人間らしい欲を持たないところですが、そんな男でも自らの出自については冷静でいられなかったりもする。私の書く新選組は、ヒーローとして仰ぎ見るというよりはもっと近しい人々、人間臭さに溢れる男たちであると思っています。

一刀斎夢録 上
浅田 次郎・著

定価:1680円(税込) 発売日:2011年01月08日

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一刀斎夢録 下
浅田 次郎・著

定価:1680円(税込) 発売日:2011年01月08日

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