格差や貧困問題など、イギリスと日本の狭間で社会を見つめてきたブレイディみかこ氏が、5年ぶりの人文書『それはどこでも起こり得る 壊れゆく世界への抵抗』を世に問う。世界的に使われ出した“奇妙な言葉”を追っていくと、今ここにある社会の深層が見えてくる。イギリスのブライトンで移民の当事者として生きる立場から、リアルな情勢を語った。
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「自己責任」はもともとイギリスにはなかった
――新著では、いくつかのキーワードになる言葉から、現代社会に底流するものの正体に鋭利に斬り込んでいますね。
ブレイディ いま人々の口の端に上る言葉を追って、社会・政治情勢を読み解いたのは、私は普段から言葉についてよく考えざるを得ない環境で生きているからです。日本ではこう使われているけれどイギリスでは意味が違うぞとか、こんな奇妙な言葉が輸入されて使われ出したなとか、特にカタカナ語には敏感になるし、頻繁に辞書を引くのが習性になっています。
たとえば日本でよく使われる「自己責任」、つまり「セルフレスポンシビリティ」(self-responsibility)という言葉は、以前はイギリスではそんなに耳にしませんでした。responsibilityは「各々が自分の義務に対して果たす責任」を意味し、わざわざダメ押しするようにselfをつける必要はないですから。
ところが、イギリスにもロスト・ジェネレーション(氷河期世代)が現れ、政治家が説明責任(accountability)を果たさないのに、若者ばかりが「自己責任」を求められる風潮の中で、同じような言葉が使われるようになってきた。いわば上下の“責任格差”が深まる社会で、国が違っても同じ言葉が使われるようになるということは興味深いと思います。
「リマイグレーション」の正体
――そうした言葉から炙り出される社会の深層への指摘は鮮烈でしたが、中でも一番衝撃的なのは「リマイグレーション」という言葉でした。
ブレイディ 日本語に直訳すれば「再移住」ですが、第2期トランプ政権からアメリカ政府が公式Xなどで使い出し、イギリスの極右政治家も「移民の大量送還」の意で使うようになりました。この言葉の正体は、「ソフトな民族浄化」に他ならないとも言われています。極右が好んで使うこのおぞましい表現が公の場でも使われるようになり、アメリカではICE(移民・関税執行局)への権限・予算が大幅に増強され、いわば「移民狩り」と呼んだほうがいい状況が展開されていたのは日本でも報道されていたと聞いています。
イギリスでも排外主義的政策で注目を集めたリフォームUKが昨年の春から政党支持率第1位を独走しており、もはやアメリカで起きていることは対岸の火事ではありません。
「イギリスは議会制民主主義の母国だから大丈夫」と言う人もいますが、アメリカや日本と違ってイギリスは成文憲法典を持たない国ですから、独裁的政権が誕生すれば、トランプよりも過激にシステムを変えることが可能だろうと危惧する声もあります。
左派が弱体化する時代に
――リフォームUKのような右派ポピュリズム政党が勢いを増し、いま世界的に左派が弱体化している現状をどうご覧になっていますか。
ブレイディ 第1期トランプ政権の頃は、トランプ支持者を「ポピュリストに騙された無学な人たち」と見なして嘆いていた左派ですが、中には、これを深刻に捉えて反省する向きもありました。前著『他者の靴を履く』では「意見の異なる相手を理解する能力」エンパシーについて掘り下げましたが、当時はまさに「エンパシーを働かせられなかった左派が失敗した」「自分たちには理解できないと思えるトランプ支持者たちの靴も履いてみよう」というムードがありました。
ところがトランプの第2期になって、左派の多くは「もうしょうがない」とどこか諦めてしまった。左派の間でも、「だから左派は駄目なんだ」「もう復活の気運はない」と内輪の欠点ばかりあげつらって、誰が最も悪かったのかを探す“大総括会”をはじめてしまったのです。
イギリスでは二大政党制が崩壊し、五大政党制の時代が始まったと言われ、「駄目になった労働党なんてぶっ壊し、緑の党を中心にゼロからつくり直したほうがいい」という加速主義的な意見を口にする左派論客もいます。でも、緑の党が政権を取れるわけではないのもみんなわかっている。ということは、リフォームUK政権の誕生もやむなしということですよね。これには、私は移民の当事者なので同意できません。
対岸の論壇から「左派が良くない」と言うのは楽ですが、そう言いながら「しょうがないよね」と排外主義的な右派政党の台頭を黙視していたら、実際にどんどん権利を奪われて、最終的に追放されるのは移民です。
移民の「合法と不法の線引き」は政治的に変えられる
ブレイディ もしも予想されている通りにリフォームUKが政権をとってリマイグレーションを始めたら、その巻き添えを食うのは、長年この国に住んで、真面目に働いて、税金も年金も納めてきた移民たちです。
すでにリフォームUKは、永住権を取っている移民からもそれを剥奪する計画を語っています。そうなったら、わが家も含め、一家離散の危機に直面する家庭は少なくないでしょう。英国籍の子どもたちから、外国から来たお父さんやお母さんがいなくなるということです。外国から来た友達や、お世話になっている学校の先生なども。
「不法移民をみんな追い出せ」と言うのは当然だという人も多いですが、合法と不法の線引きは政治的にいつでも変えることができますから、移民に憎悪が向けられるときは、今日は合法だった移民が、明日には不法になる可能性がある。私は30年間イギリスに移民として住んで、今ほどそれを切実に感じていることはありません。
英国ではここのところ、毎年夏になると反移民暴動が各地で勃発しますが、今年のベルファストは特にひどい状況でした。ある難民が殺人未遂事件を起こしたのをきっかけに暴動が起きて、抗議者たちが一軒一軒「移民が住んでいる」と疑った家を回って脅迫したり、NHS(イギリスの国民保健サービス)の病院で長年看護師をしているアフリカ出身の女性が後をつけ回されて脅されたりしています。自分たちの家族や友人を病院でケアしてくれている看護師に何をしているのでしょうか。
イデオロギーなき「極中」政治
――排外主義がかなり深刻さを増しているんですね。左派政党が骨抜きになった背景として、本書では「極中」(extreme center)という政治的潮流についても掘り下げていますね。
ブレイディ 「過激な中道」を意味するこの言葉は、右でなく左でもなく、またここが重要な点ですが、左右の真ん中に立とうとする従来の中道派ですらなく、権力奪取がその存在目的になったイデオロギーなき政治勢力を指します。これは、1979年の保守党のサッチャー政権以降、18年間敗北を重ね続けた労働党が「なぜ勝てないか」と“大総括会”をやって、社会主義的な政策を捨てたブレア政権にその源流があります。当時のブレアは、地べたの労働者の政党であることをやめて、お洒落で都会的なイメージの、いかにもネオリベ的な左派をつくり出しました。
それを(先般辞任を発表した)労働党のスターマー首相はそのまま引き継いで、前労働党党首のコービンや映画監督ケン・ローチのような従来型の左派を次々とパージして、自分たちのキャリアパスのためにとにかく勝つことを目的化した政党へと舵を切ったのです。
本来、政治家には「こういう世の中にしたい」というイデオロギーがあるものでした。右派なら「自分たちの伝統的な文化を大事にしたい」、左派なら「格差を是正して貧困をなくしたい」という実現したい社会の理想像があったわけです。ところが極中にはそうした理念がなにもありません。伝統的な中道は、右にも左にも翼を広げて、どちらのよいところも採用して穏便にやろうというものでしたが、極中は穏便さがなく、権力を握ることに対して非常にアグレッシブで、身内をパージしていく寛容性のなさも特徴だと言われます。
政権の中核にAIを置け?
最近、ブレア元首相が自らのシンクタンクのサイトに長文エッセイを発表し、労働党に極中回帰を促して話題になりました。彼の考え方は、政権運営の中核にAIを置け――問題は効率的に分析・解決しろ、イデオロギーは一切いらない、というものです。経済発展の足を引っ張るような福祉や環境政策なんて不要だし、移民には厳しい政策をとれ、そしてAIがどんどん使えるように安いエネルギーこそ重要だと考えて、トランプを指導者として評価していると書いたことも話題になりました。
――効率至上主義で、理念がないわけですね。
ブレイディ これはもはや「ラディカルな(急進的な)日和見主義」ではないでしょうか。私自身の経験でいうと、ブレア政権の時代に「外国人の保育士を増やすことが多様性の推進だ」という一大キャンペーンに乗っかって、保育士になりました。
当時のテレビCMではヒジャブをまいた保育士やアフリカ系、アジア系の保育士と遊ぶ子どもの映像とかが出てきて「あなたも働きませんか?」と呼びかけていたほど。保育士資格取得のためのカレッジの講座が無償で受けられて、そこでは試験のたびに必ず「これがダイバーシティとインクルージョンの概念にどう関連しているか」を書かされました。受講生たちは「ダイバーシティ&インクルージョン地獄」と呼んでいたほどです。
たとえば障害をもっている子への教育はどうあるべきか、創造性を育てる保育の環境づくりはどうあるべきか? 試験のテーマはその都度変わりますが、そうした設問に対して所定の文字数で論じさせられ、最終的にはすべてが多様性の問題に収斂した。政府が経済政策としてグローバリゼーションを推進する中で、国策としてそれだけ多様性の概念を徹底していたのです。
――そんなに多様性を推奨していたのに?
ブレイディ それが今やグローバリゼーションは失敗し、反動として世界的に右傾化し、当のブレアはトランプと手を取り合って、ガザをリゾート化しようとまでしている。今の情勢に合わせて、ひたすら「最適化」して権力をとろうとする姿勢は、ただ急進的としか言いようがない。
でもブレア政権下であれだけ「移民のみなさん来て働いてください。あなたたちはこの国の多様性を推進していく人材です」と移民を歓迎しておいて、今さら母国に帰れと言われても、移民は人間ですから、結婚したり、子どもを産み育てたりして、コミュニティの中に根を張って生きています。
「私たちは生きた人間だ、移民はあなたたちの政治のおもちゃじゃない」と言いたくなります。
「ラディカルな日和見主義」が生む“道徳の空白地帯”
――まさに、人類学者デヴィッド・グレーバーが批判した「極中」と「右派詐欺師」の共存関係がこの奇っ怪な状況をつくり出していますね。
ブレイディ 本当にその通りで、「極中と右派詐欺師」の二大勢力の共存関係の下では、政治的ルッキズム、実際どうかよりも「どんなイメージか」で社会が動くことを本書では掘り下げました。
極中は一見、多様性を推進する立場をとりつつ、実際には移民を経済発展に必要な駒としてしか見ていなかったわけですし、右派詐欺師は労働者の味方を演じて反エリート感情を煽動しますが、当の自分たちがエリートであり、地味な労働問題などに関心はありません。そしてどちらも、人種・ジェンダーなどのアイデンティティ・ポリティクスを巧みに利用する。
極中の「ラディカルな日和見主義」を突き詰めていった先に、道徳の空白地帯が生じ、極右ファシズムへの道が準備されている現状を私たちは目の当たりにしているのではないでしょうか。いまの世界をあるがままに受け入れて、「ただ最適化して利を得る」極中の政治は、抵抗勢力どころか、補完する勢力になってしまっている。
行き過ぎたグローバリゼーションへの反動が世界的に起き、移民や外国人への憎悪が政治的に利用されている今、私たちは立ち止まってその正体を見極め、抵抗しなくてはなりません。いま英国で起きていることは、すぐそこにある日本の姿かも知れません。
移民や外国人を排斥する社会は、今度は自国の弱者やマイノリティにその刃を向けることは歴史が証明しています。イギリスの現状を書いた本書が、立ち止まって考える契機となることを心から願ってやみません。








